オメガ社長は秘書に抱かれたい

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***  高校一年生の春、健康診断で受けたバース性検査の結果を見た時、奏は目を疑った。家族はみなαで、自分もそんな家系に生まれたのだ。自分に限って、まさかΩという診断だけは下されないだろうと高を括っていた。  だが、一人一人に渡された封筒から抜いた種類に書かれていた診断結果は『Ω』。自分から最もかけ離れていると信じて疑わなかった記号が、そこには記されていた。  愕然とした。何かの間違いじゃないだろうかと、何度も自分の名前と記号を確認した。  周りにいる同級生たちの声が遠のき、目の前が真っ暗になった。診断結果の載った紙をくしゃりと握りつぶすと、手の中で『Ω』の記号が歪んだ。  終礼のホームルームが終わったあとも、大きすぎるショックでしばらく席から立てなかった。奏の家系を知っている同級生たちから「芦原はどうせαだろ」と肩を叩かれるたび、うまく笑えなくて頬が引き攣った。  嘘だ嘘だ嘘だ。怖い。両親に言いたくない。診断結果を持って家に帰りたくない。  何かの間違いじゃないかと、本気で専門機関に電話しようとした。けれど、自分の望む回答が返ってこなかったらと考えると、それも怖くてできない。 何も考えられなかった。とにかく一人になりたい。奏は検査結果を鞄の奥にしまい込み、放課後の喧騒で賑わう教室を一人出た。  高辻と出会ったのは、その帰りのことだ。一人になれる場所を探してたどり着いた場所に、高辻はいた。  そこは校舎の屋上へと続く、階段の上だった。物置のような場所になっていて、文化祭や体育祭で使われるパネルや横断幕が、四畳ほどのスペースを雑然と奪いあっていた。  埃臭く、屋上の出入口である扉の窓から射し込む西日が強いせいで、滅多に人が来ない。一人になれる絶好の穴場だった。  先客がいるとも知らず階段を上りきると、そこには腕を組み、胡坐(あぐら)を掻いている上級生らしき男子生徒が壁に寄りかかっていた。  閉じた瞼の先に生えたまつ毛は長く、ドキッとするほど整った顔をしている。二年生、いや三年生だろうか。綺麗な容姿に似合わず、履き潰された上履きの底は抜け、黒ずんだ靴下が顔を覗かせている。  無意識に観察していたらしい。相手の「おい」という声に呼び戻される。ハッとなって目線を上げると、男子生徒は敵意のある目をこちらに向けていた。 「ジロジロ見るな。気が散る」  尖った声に、奏は萎縮した。咄嗟に「す、すみません」と謝る。  だが、男子生徒は口調のわりに怒っているわけではないようだ。けだるそうに膝に手をついて立ち上がった。奏の横を通り過ぎ、上履きを鳴らして階段を下りていく。  譲ってくれるつもりなのだろうか。後から来た手前、さすがに申し訳ないと思った。 「だ、大丈夫です。僕が別のところに行くんで……」  奏はスクール鞄の肩紐をギュッと握り、脇を締めながら足早に階段を降りる。「じゃあさ」と背中に声をかけられたのは、男子生徒を抜いた時だった。 条件反射のように階段の途中で足を止め、奏は思わず振り返った。西日の逆光で、男子生徒の顔は見えづらい。
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