オメガ社長は秘書に抱かれたい

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「廊下に貼りだされた中間の順位表に載ってたからな。顔までは認識してなかったけど、名前は知ってる」 「そ、そうだったんだ」  名前を知られていたことが、なんだかむずがゆかった。成績を褒められたわけでもないのに、どうして胸がざわつくのか分からない。  奏は子どもの頃から勉強ができた。いや、できたというより、おそらく同年代の子どもの中では、机に向かう時間が長かったのだと思う。やればやるほど伸びる点数を見るのが、純粋に好きだったから。  奏の成績を見た中学の同級生たちは、こぞって「芦原は絶対にαだよな」と言った。本人たちは褒めているつもりだったのだろうし、奏自身も褒め言葉だと思って聞いていた。  それが、今はこんなにも重たい言葉になるなんて。この日のために、自分で自分の首を絞めてきたのだと思うと辛かった。 「高辻君を先輩だと思ったのは、服装に年季が入ってるからじゃないよ」 「年季って。『ボロい』って言えばいいのに」  高辻はふっと笑う。  歪んだ口がどこか自虐的に見える。自分のことじゃないのに、悔しい思いがこみ上げる。膝を抱える手に力を入れ、奏は「そんなこと言わないで」と強めに言った。 「きっと周りには、高辻君が大人に見えるんだよ。堂々としているし、なんかこう……高辻君にはブレない芯みたいなものが、あるような気がする」 「綺麗ごとだな」高辻が一蹴する。 「芦原だって俺の上履き見てただろ。自覚ないみたいだけど、おまえはこの上履きで俺が先輩だって判断したんだよ」  意地悪なことを言う高辻にむっとする。反論できない自分には、もっと腹が立った。 「本当のことを知って……どうするんだよ」  絞りだした声は、震えていた。 「知らなきゃ平和でいられたのに、どうして……っ」  泣き出す奏の事情を、高辻も思い出したようだった。αだと信じて疑わなかった人生を否定され、今日からΩとして生きることになった奏の背景を。だが言い争いに勃発しかけた空気を柔和にさせたのは、高辻だった。 「知っといた方が、平和なこともあるだろ」  諦めたような高辻の声が降ってくる。  そうか。自分は誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。悟った直後に、高辻の手が髪に触れた。いい子いい子するような手の動きに慰められる。泣いていいよ、と言ってくれているみたいだった。  この日を境に、奏は高辻と過ごすことが一気に増えた。クラスは違ったが、いつの間にか下の名前で呼び合うようになっていた。昼休みは常に階段上で二人で過ごしたし、登下校もほぼ毎日一緒に歩いた。  奏の部屋で勉強をしたこともあれば、休みの日には話題の映画を観に行った。興奮が冷めやまず、いつまでも公園で映画の感想を言い合ったものだ。当時は二人で過ごす時間が、とにかく楽しくてしょうがなかった。
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