オメガ社長は秘書に抱かれたい

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 廊下の先に高辻を見つけただけで、その日は一日機嫌よくいられた。体育の授業で校庭にいる高辻に手を振って応えてもらった時は、叫びだしたいくらい嬉しかった。  傍にいられるだけで楽しかった。顔を見ただけでドキドキする。  だが、同時にさすがにこんな気持ちを友達に抱くのはおかしいんじゃないかと思う自分もどこかにいた。奏がそう思い始めたある日の昼休み。  購買でレジに並んでいると、後ろで同級生の女子たちが『運命の(つがい)』という関係について話しているのが聞こえてきた。  ――運命の番って、αとΩにしかない関係なんだって。  ――それ知ってる。でもどうせβの私たちには関係なくない?  ――そうだけどさ、なんか一目見ただけでお互いに『この人だ!』ってわかるらしいよ。  ――どうやってわかるの?  ――さあ? 匂いとか?  盗み聞きだったが、ドキリとした。  仲良くなって知ったことだが、高辻はαだった。しかも家族も親戚もみなΩらしく、高辻一人だけがαだというのだ。  高辻からその話を聞かされた時、奏は運命を感じた。高辻の境遇は、自分とまったく同じじゃないか。α家系に生まれたΩの自分と、βとΩの家系に生まれたαの高辻。状況は真逆だが、似た環境に身を置く者として、改めて高辻という男の存在を特別に思った。  αとΩにしか存在しない『運命の番』という特殊な関係性――。もしもそれが、高辻と自分のあいだに結ばれるものだったとしたら? こんなにも惹かれてしまう理由が、見つかったと思った。  そう考えた瞬間、奏はぶわっと顔が熱くなった。頭から火が噴きそうだ。嬉しいのに、なんだかモヤモヤとしたような、切ない感情がマグマのように次から次へと沸いてくる。  それは傍にいられるだけで十分だと思っていた気持ちが、欲を孕んだ瞬間だった。何かが急激に枯渇していくのが自分でも分かった。満潮の海が砂漠に変わり、干からびていく。喉が渇きだす――。  その夜、奏は自分の部屋で初めてのヒートを迎えた。慣れない指で必死に自分の後ろを弄り、はち切れんばかりにそそり立った前を手で慰めた。果てる瞬間に頭に浮かんだのは、高辻の笑った顔だった。  翌日、奏は出会った場所である屋上手前の階段上に、高辻を呼び出して告白した。運命の番かもしれないと思ったら、いてもたってもいられなくなったのだ。
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