おじいちゃんのハロウィン限定カボチャ大福

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「自分の立場、わかってる? いくら別れた夫だとはいえ、僕は君のエージェントだよ。君のスケジュールがどれだけ過密かわかっているんですか、新進気鋭の科学者さん」 「……科学者に新進気鋭とかあるの?」 「弱冠(じゃっかん)二十四歳にして特許とりまくっているのは誰? その管理やら申請をしているのは?」 「……嶋太郎くんです。いつもありがとうございます」 「このあと午後の便の飛行機で東京へ戻るから。今のうちに食べなよ。北海道のこの地域の本葬が早朝っていう風習、助かるな」 「塩野大福商店の後処理は? ほかにもいろいろやることがあるでしょ」 「祥子にできるわけないじゃん。もうウチの連中が役場とかいろいろ行ってやってる」 「お店をたたむのはいい。だけど、あの場所を売るのは」 「わかってる。ちゃんと残してある。定期的に掃除をしてくれる人の手配もすんでる。安心しなさい」  唇を噛む。デリカシーはないけれど、なんて有能なエージェントだ。  ***  ……嶋太郎の人柄にも稼ぎにもなんにも不満はなかった。  いつだってそばにいて、誰よりもあたしのことを理解してくれている。おじいちゃんとも仲良しだったし。  じゃあなにが問題だったかといえば──家柄だ。  嶋太郎、実は、めちゃくちゃ良家のご子息。勢いで結婚したあたしは、そこのヨメになるということを深く考えていなかった。結婚後も自由気ままに研究生活を送っていたのだが、ある日ブチ切れた舅と姑は嶋太郎に詰め寄った。  ──離婚して家にふさわしい相手と結婚し後継ぎを作れ。そうすれば今以上にお前が彼女の研究支援を続けるのを許可する。  つまり、離婚さえすれば、今のままの関係を認めるし、さらには研究支援もするぞ、との話。  合理的なあたしたちは「じゃあ、そうしよう」と決断した。  あたしが研究をあきらめて、いずれ当主となる嶋太郎を支えるなあんて想像もできなかった。そもそも研究能力はそこそこあるとの自負はあるけれど、家事関連はからきし。気配りとかしたことはない。「お前に研究以外になにができる」とは嶋太郎の口癖だ。 「それに……なんだ」と嶋太郎は開き直ったように続けた。 「僕がほかの女性と子どもを作っても、お前はまったく気にしないよな」 「うん」 「むしろその子どもを可愛がりそうだ」  うん、といいかけて口をつぐむ。嶋太郎が泣きそうな顔をしていた。 「お前の倫理概念が一般から外れているのはわかっているけどな」  まあいいや、と言葉を濁し、よし、と嶋太郎は顔を突き出した。 「おれの再婚相手、お前も選べ。そうすれば相手にも、おれがお前と今後もやりとりがあるってわかるだろう」  ……あんたの倫理概念も相当だぞ、と思った。こんな嶋太郎に嫁いでくれた彼女に感謝だ。  そういう経緯で、嶋太郎はいまも本業の次期当主としての仕事をしつつ、あたしのエージェントをしてくれている。  ***  嶋太郎はポンポンと祥子の肩を叩く。  そしておもむろに立ち上がると「ちょっとトイレ」と言って館内へ入って行った。祥子の膝に大福の箱だけが残る。  火葬場の火葬炉近くの屋外のベンチ。十月末の北海道はダウンコートを着てもいいほど寒くて、祥子以外の人影はない。嶋太郎が戻ってくる気配もない。  多分──嶋太郎なりの優しさだろう。気兼ねなくあたしが大福を食べられるようにと席をはずしてくれたのだ。  祥子はかじかむ手で大福の箱を開いた。  そして目を見張った。
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