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愛子は髪を軽くかきあげ、棚の端に置いていた黒いベレー帽を少し斜めに被った。店長が売り場へ戻るべく足早に歩いて行くので愛子はその後に続いた。
店長が売り場に入るのを見送り、愛子は売り場の入り口から店内の様子を覗った。
ザワザワとした喧騒の中にも、お盆休みを嬉しくてたまらないという期待感や、存分に楽しもうという溢れ出るようなワクワク感をヒシヒシと感じられる。
ディスプレイを覗きながら楽しそうに話し合う親子の姿。その後方には棚の商品を個数を数えながらカゴに入れていく女姓客。
あぁ、あの男性客は、いつもはスーツ姿で社用の手土産を買って行かれる方だ。今日は私服姿で奥さんや子供さんと一緒に買い物へ来ている。その横にいる男性の奥さんとも顔見知りである。
レジの方を見ると会計待ちの列が伸びていた。
いつもより少し高い声で、
「大変お待たせ致しました。いらっしゃいませ」とお客様を迎える、同期の千里と学生バイトの真梨恵。二人は慣れた笑顔でキビキビと接客している。
愛子は心の中で『頑張れ』とエールの念を送った。
コースケはどこ……?!
愛子が店内を見回すと短期バイトのコースケが、楽しそうに笑顔を浮かべてテキパキと商品を棚に詰めている。
うん、コースケの、あの笑顔。
「あの、すみません……」
「はい、いらっしゃいませ」
女性客に声を掛けられたコースケは笑顔で答えた。その女性客の顔がほんのり紅くなったように見えた。
愛子が思うに、コースケは何か不思議な空気を纏っている気がする。
店長がコースケに声を掛けると女性客の接客を引き継いだのを見て、愛子は事務所へ入った。事務所と言っても店長の机とスチール棚、ニ人掛けのソファがあるだけだ。その先に衝立で仕切って囲いカーテンが掛けられた所に更衣室がある。小さいながらもロッカーも設置している。愛子は自分のロッカーからバッグを取り出し、脇の冷蔵庫から保冷バッグを取り出した。
事務所には店内とは逆に行く扉があり、出た先はエレベーターホールになっている。愛子は止まっていたエレベーターに乗り屋上ヘ行くためにボタンを押した。
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