第一章 予期せぬ診断

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第一章 予期せぬ診断

 二〇二〇年四月。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて出された緊急事態宣言は私・柳沼文雄の生活様式も仕事のしかたも一変させた。ほとんどの会議はオンラインで行われることになり、在宅でパソコンに向かい合う時間が圧倒的に長くなった。  異変を感じたのは五月の大型連休明けの日だった。強い片頭痛を覚えるようになり、それと同時期ぐらいから眼の上部に強い痛みを感じるようになったのだ。パソコンに一時間向かう間にズキズキという感覚が絶えず襲ってくる日々。ドライアイかと思って薬局から目薬を買ってきて点眼してみるものの、思ったような成果は得られない日が続く。一方で書類を作ろうにも、オンライン会議に出ようにも、今の生活でブルーライトから逃れることはできない。五月下旬に差し掛かっても眼痛は治まる気配を見せない。耐えるに耐えかねた私は妻の佐那に保険証と治療費を貰い、近所の眼科で診察をしてもらうことにした。私は最寄りの駅前にある眼科の番号をスマートフォンに打ち込み、通話のマークをタップした。 「はい。藪アイクリニックです」  受話器を手に取ったのは女性だった。 「ええと、十日くらい前から眼が痛くて、診察してほしいんですが……」 「はい。当院は完全予約制になっているのですが、いつがご希望ですか?」 「明日ですと、何時ぐらいでしたら空いていますか?」 「ちょっとお待ちくださいね」  電話口の女性は私にそう告げて保留音を鳴らした。暫くして、再び女性の声が電話口に出る。 「明日の夕方五時半でしたら、どうですか?」  幸いなことに私はテレワークが五時過ぎ頃に終わる。診察の時間までに間に合いそうだ。 「わかりました。明日の五時半に伺います」 「では明日の午後五時半。お待ちしています」  受付の女性がそう告げた後、私は通話終了の赤いマークをタップした。  自宅から歩いて十二分。藪アイクリニックは最寄りの駅前のビルの四階にあった。完全予約制ということもあるのか、待合室内には患者はぽつりぽつりとしか居ない。患者同士の濃厚接触の心配は全く以て無さそうだった。私は保険証を受付に提示し、ソファーへと座る。初診ということもあってバインダーに挟んだ問診票を手渡され、私はそこにペンを走らせた。受付にバインダーを渡してから室内を見渡すと、何枚かポスターが貼ってある。それらにはドライアイや緑内障の症状についてが書かれており、定期健診の重要性などが訴えられていた。そして緑内障のポスターの隣には白内障学会のポスターが貼ってあり、 「白内障は早期発見が大事です」  と大きく書かれていた。そしてその下部には 「白内障専門医 藪アイクリニック 藪高貴」  と、マジックで院長の名前が書かれている。  待つことおよそ五分。 「柳沼文雄さん」  看護師が私の名前を呼んだ。
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