第一章 予期せぬ診断

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「柳沼さん、柳沼文雄さん」  男性のマイク越しの声が響き渡ってきた。私はその声に従って診察室の中へと足を踏み入れた。  診察室は厚手のカーテンに囲まれており、先生の机にある電気スタンドの白熱灯だけが灯っていた。ディスプレイには先ほど撮影した写真と思われる画像が映し出されており、その画像は緑や黄色、赤などの色で染められていた。 「とりあえず、目の状態見るから台にあご載せて」  藪先生に促され、私は顕微鏡の台の上にあごを載せた。室内が完全に暗転し、白い光が私の瞳を照らした。まっすぐレンズを見つめる私の目に先生は毛抜きらしきものを近づけて睫毛を抜くと、再び白熱灯をに明かりを灯した。 「とりあえず、視力は矯正で一・二まで見えているから問題ないよ。眼鏡の度数も問題なく合っているから。色覚検査も問題なし。そして涙の量の検査だけど、涙の量が少ないって結果が出ているね。ドライアイの傾向が見られます」  藪先生はずっと書類から目を離さないまま、検査の結果について間髪を入れず語っていった。そして、藪先生は書類からディスプレイへと目を移した。 「それでね、さっき撮った目の写真で見つかったん だけど、あなたの眼にひとつ問題があってね……」  藪先生の言葉とともに、私はディスプレイへと顔を向けた。  私は目の前のディスプレイに提示された眼底写真のデータを見つめながら呆然としていた。表示された画面には眼の写真の上に赤色、黄色、そして青色に色が塗られている。 「この写真はね、目の神経がどれだけ傷んでいるかを検査するためのもので、緑色が正常な部分、黄色い部分がやや神経が傷んでいる部分、赤い部分は神経がかなりすり減っていて、ほとんど死んでいる部分になります」  私は藪先生の説明を聞きつつ、画像をまじまじと眺めた。赤色の部分も黄色の部分も確実に存在しており、藪先生の話をそのまま受ければ、私の眼の神経はもうすでに壊死が始まっているらしい。 「じゃあなぜここまで眼の神経が死んでいるかっていうとね、あなたの眼圧が高いからだよ。右が十八で、左が十九。これは下げないと相当まずいよ。本来十二から十三くらいが適正な値だからね。これは薬で下げないといけないね」  藪先生の話の中にある情報量が多すぎて、私は聞き取るので精いっぱいだ。 「で、今視野検査やってみたんだけど、見えていない部分があるみたいだよ。両目で普段は見ているから自覚症状はなかなか出てこないけど、視野が徐々に狭くなっているみたいだね」  視野が狭くなっている、目の神経が死んでいる……。患者の目を見ずにさらさらと語られる先生の話の内容に、私はただならぬものを感じた。 「ま、点眼さえしていればすぐに手術をしないといけない段階ではないから安心してね」  あまりにも強いワードの後に安心してねと言われても、私には全く以て響いてこない。 「とにかく、眼圧を下げる薬と目の殺菌する薬と角膜保護の薬を出しておくから。三日以内に一度来て。眼圧がちゃんと下がっているか確認するから。じゃあお大事に」  藪先生はほぼ一方的にそう告げ、私の診察を終えた。聞きたいことが山ほどあるのだが、聞き出せる雰囲気ではなかったし、その次の言葉を聴くのも怖かった。私は言われるままに受付で三日後に予約をとり、病院をあとにした。様々な検査をやったせいか会計の金額は五千円近くにものぼっていた。それに加えて院外処方による目薬代もかかる。近々特別定額給付金がおりるとはいえ、手痛い出費だ。
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