第二章 生涯、治療

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「それでは、今日の特集です」  私の正面にあるテレビのニュースキャスターがそう告げてきた。 「視野がどんどんと狭くなり、最終的には失明に至る可能性がある眼の病『緑内障』。日本国内における患者数は推定で四百万人近くにものぼると言われています」  思わず私の耳がビクンと動いた。 「今日はその治療の最前線にあたる医師を取材しました」  私の心が穏やかではないことなどつゆ知らずといった表情で、キャスターは原稿を読み終えた。その後画面が切り替わり、緑内障当事者のインタビュー映像が流れ始めた。徐々に視野が狭くなっていき、気づいたときには取り返しのつかないことになっていたという話がイメージ映像とともに流れてくる。私は背筋が凍りつくような感覚に耐えながら、画面を見つめていた。 「文雄さん、どうしたの?」  スプーンを持つ手がしばらく止まっていたからか、佐那がそう声をかけてきた。 「あ、いや、何でもない。冷めないうちに貰わないとな」  私は取り繕うようにそう告げると、再びスプーンでシチューをすくった。  テレビの画面には今度は病院の映像が流れていた。私が今日受けたような視野検査や眼圧検査の様子などが一通り流れた後、一人の男性が患者の話を聴く様子が映し出される。 「ええとね、ここの部分が赤くなっているでしょう?これが神経が傷んでいる部分で……」  医師はディスプレイに映し出されている写真を指差しながら女性の患者にそう説明をする。今日メインで取材を受けるのはどうやらこの医師のようだ。 「ここから出てくる房水の量が多いとね、眼圧が高くなりやすいんですよ。その結果眼球が硬くなって眼の神経にダメージを負う、というのが緑内障なんです」  医師はそう告げながら、眼の写真で患者に説明をしている。しっかりと患者の目を見て患者と向き合う姿勢を見ると、さすがマスコミが取り上げるだけのことはあると思わされた。 「失明……するんでしょうか」  女性患者の憂いを含んだ顔を前に、医師は首を横に振った。 「あなたの緑内障はまだ初期段階で、視野欠損も始まったばかりです。眼圧をうまく下げ続けることができれば失明せず生涯を終えることも十分できます。点眼治療は大変ですけど、一緒に頑張っていきましょう」  医師が笑顔でそう答えると、ナレーションの音声が流れてきた。 「以前は緑内障といえば手術が必要な病気でした。しかし医学が発達した現在においては、多くの場合目薬による点眼治療を続けることで緑内障の進行を止めることができるといわれています。ただ、そのためには早期発見が鍵になります」  ナレーションが終わると、映像では医師がインタビューに答えていた。 「緑内障にかかった患者さんのうち、八割以上はそもそも緑内障を発見できていないと言われているんですね。ですから、定期的な眼圧検査と眼底検査を欠かさず行うことが重要になるわけです」 「怖いわねぇ……」  テレビの画面を見ながら、佐那が一言つぶやいた。佐那は、私が緑内障の目薬をついさっき貰ってきたという事実をまだ知らない。  テレビに映っていた医師は、続いてこうも語っていた。 「緑内障の点眼治療は継続が命です。生涯通い続けることではじめて目を守ることができます。通いやすいかかりつけの眼科に通うことが大事です」  私は眼科に生涯ずっとお世話にならない状態になってしまったらしい。だが愛する佐那や海斗の顔を将来見ることができなくなってしまうことを考えたら、つべこべ言っている場合でもない。 「眼圧をうまく下げ続けることができれば失明せず生涯を終えることも十分できます」  テレビに出ている医師もそう言っている。とにかくまずは三日間、点眼をやってみるのみだ。
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