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始まりに明確な言葉はなかったが、二人は確かに恋人だった。
一緒に暮らし始めてからしばらくして、望と恭弥は番の関係について話し合った。恭弥はアルファの俳優として有名だったし、望は恭弥にはっきりとオメガであることを伝えたことはなかったが、初めて会った日に匂いですでに気付かれていただろう。
番になりたい気持ちは十分にある。だからこそ、焦ることはないと、今はまだ番わないことを二人で決めた。
「ねえ、やっぱり僕行きたくないんだけど!」
「わがまま言うなよ、仕事だろ」
ソファに座る望の腰に長い腕を巻きつけ、腹に押し付けるように頭を振る恭弥はもはや子どもだ。
やはり、ヒートの時期を伝えるべきではなかったと後悔する。
「わがままって!僕は望くんが心配なだけなのに。どうしてヒートと泊まりのロケが被るんだ......心配で心配で撮影どころじゃないよ」
あれから季節は夏になっていた。
明日から恭弥は海の綺麗な街に2週間の地方ロケに出るのだが、望のヒート予定日と重なっていたために「行きたくない」と駄々をこねていた。
「だーかーらー、俺のヒートはそんなに重くないんだってば。抑制剤飲んで仕事にも行くし、そんなに心配しないでよ」
「でも......」
恭弥は納得しなかった。
「恭弥は撮影頑張ってきてよ。お土産も期待してるしさ」
翌朝、恭弥のマネージャーである佐々木が家まで迎えに来た。
「忘れ物ない?」
「ないはず......あってもあっちで買うよ。それより、なんかあったらすぐに連絡してね、絶対だよ!」
「分かったよ。そうするから、気をつけて行ってきて」
望の言葉を疑う恭弥を宥めるように頬に軽くキスをすると、深い口付けが返ってきた。
早く行けとばかりにトンっと恭弥の肩を押し、その身を離す。
「......行ってきます」
「いってらっしゃい」
望は最後まで不満気な恭弥を玄関で見送った。
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