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蒸し暑かった外とは打って変わり、快適な温度が保たれた車内には、終始穏やかな空気が流れていた。特に会話で盛り上がるわけでもなく、ぽつぽつと言葉を交わしては、互いの存在を感じていた。
緩やかに切られるハンドルも、丁寧に踏まれるブレーキも、バイトで疲れた望を眠りに誘うのには十分だった。
けれど、恭弥の運転する車で寝るなんて勿体ないし申し訳ないと目を擦り、流れゆく景色を意識的に見た。
「眠いなら寝てていいよ」
見られていたのだろうか。
「......ううん。運転してもらってるし」
そんな返答に小さく笑った声がした気がしたが、それにさえどこか心地良さを感じた。
車が緩やかな坂道を上がっていくと、到着したのは閑静な住宅地にある低層マンションだった。
「ここが恭弥の家?」
「うん、車入れるからもう少し待ってて」
特に待つこともなく、スムーズに車が停められる。「とうちゃーく」と言う恭弥に「ありがとう」と返して、二人で車を降りた。
初めて訪れる場所に緊張しながら、キョロキョロとあたりを見回しながら恭弥の後をついて行く。
あっという間に部屋へと繋がる玄関の鍵が開けられた。
「入って入って」
「おじゃまします」
部屋の中は落ちつたい色味でまとまっており、すっきりと片付いているが程よい生活感が伝わってくる。
恭弥の家の中に興味津々だったが、二人してお腹が空いていたため、ルームツアーもそこそこに手洗いなどを済ませ、食卓に料理や飲み物を並べた。
「どれも美味しそうだね!出前でも取ったの?」
「いや、僕が作ったよ。料理は嫌いじゃないんだ。凝った物は作れないけどね」
望のグラスにお茶を注ぎながら、気取った様子もなく答る恭弥に驚く。
「料理までできるんだ......苦手なことってないの?」
「あるさ、たくさん。よく字が汚いって笑われるんだ」
恭弥がおかしそうに告白する。
「字の汚さなんて欠点にもならないよ」
「なら今度、望くんに手紙を書いてあげる」
それは欲しいかもしれない、そんなことを思いながら望は恭弥の何気ない仕草の一つ一つ目に焼き付けた。
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