33人が本棚に入れています
本棚に追加
Give me.
彼に、今まで訪れたことのない国で仕事をしないかというオファーが入ったのは、冬と春の境目のような日だった。
メールで届いたそのオファーだったが、ここしばらくの間地元を中心にした仕事が多く、そろそろ国外に出る仕事をしたいと思い始めていた頃だった事もあり、深く考えることなく詳細を教えてほしいと返信をしたのだ。
その、たった一通のメールが、彼の人生に大きな変化をもたらすことになるのだが、その時の彼にそんな予感も予兆も微塵も感じられるはずもなく、ただ指定された国での仕事がどのようなものになるのかにだけ心を奪われていた。
仕事のオファーをくれたのは現地で彼のようなフリーフォトグラファー達に仕事をコーディネートする友人で、その友人からのオファーだった事もあり、詳細のメールを受け取ったその日のうちに、スタジオで事務作業をしてくれている女性スタッフに日程の調整を頼んでいた。
それ程、この仕事の何に惹かれたのかは分からないが、何かが自然と背中を押しているような気がしていた彼は、後に、これが皆が言う運命なのかもしれないと気付くのだが、今は何もわからない状態でその運命が起こす波に身体一つで乗り込んでいくのだった。
そうして、オファーのメールからひと月後、仕事で国外に出向くことになれば必ず空港まで見送りに来てくれる友人-本当は実の兄とそのパートナー-に笑顔で後に繋がるような仕事をしてくると頷く。
「・・・ニュージーランドだったか、次の仕事」
「うん、そう」
ニュージーランドの正確には南島で仕事をして欲しいと依頼があったから行ってくると頷く彼に、関係性が少し複雑な過去を持つ兄であり友人である男が、彼によく似た顔に笑みを浮かべ、行ってこい、楽しんで来いと笑顔で頷き、その隣ではステッキを支えに穏やかな笑顔を浮かべながらも心配の色を隠せない顔で気を付けてと頷く男がいて、そのどちらに対しても少し長めに顔を見つめた後、大丈夫、行ってくるとサムズアップを決める。
「中東経由でクライストチャーチまで丸一日近く掛かるって」
「飛行機の中で退屈するな」
「そうだなぁ・・・まあオーディオサービスでも楽しむかな」
最初のコメントを投稿しよう!