Give me.

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 現地までの交通費は出してくれるらしいが、ビジネスクラスやファーストクラスは論外なので、窮屈な飛行機の長時間のフライトで体調を崩さないよう、また退屈にならないように気を付けると笑って肩に引っ掛けていた仕事道具を収めたバッグを引っ張り上げる。  「良い写真が撮れたら送る」  「ああ。楽しみにしてる。────ノア、気を付けて」  ステッキを突き、白とも銀ともつかない不思議な色の髪を少しだけ左右に振った後、隣にいるパートナーに軽く身を寄せた男の言葉に、ノアと呼ばれた彼が照れたような笑みを浮かべ、大丈夫、ありがとうと答えると、そんな彼の己と同じ色合いの髪に大きな手を乗せた友人が口の端を大きく持ち上げる。  「お前なら大丈夫だよな」  「もちろん、大丈夫だ」  今回のニュージーランドはまだ人が多いほうで、今まで仕事をしてきた中で最も過酷だったのは北極圏の仕事だった、今度は南極圏にも近寄れるかもと、仕事中に出会うかもしれない人々や自然に触れ合えるのを楽しみにしているからと、くすぐったそうに首を竦めた彼は、そろそろ時間だから行く、現地について落ち着いたら電話かメールをすると告げ、二人に手を差し出す。  過去に一つの事件で知己を得て以来、こうして友人関係が続いている彼ら三人だったが、彼が仕事で国外に出る際には必ず見送り、彼もまた現地につけば安心させるように電話をかけていたのだ。  家族のような付き合いだと、彼らの知人から言われたこともあったが、間違っていないし嫌じゃないとそれぞれ返していた。  そんな、居心地の良い空気の中から仕事のために国外へと旅立とうとする彼の背中に、くすんだ金髪をハーフアップにまとめた男が行って来いともう一度声をかけ、その声に肩越しに振り返った彼は、声をかけてくれた男に頷きつつも、つい視線でその隣で穏やかにただ見守ってくれている男を見つめ、行ってくると聞こえないほどの小さな声で呟き、彼の中に残る何かを断ち切るように首を一つ横に振ると、この先、どんな楽しいことが、好奇心を満たしてくれることが待っているのだろうかと己の心の奥底に気持ちを封じるように気分転換を図り、保安検査の列に並ぶのだった。
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