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「急ですみません、ありがとうございます」
早い口調でそれだけ言い、鍵を開ける。だが山下さんは自分とは裏腹なウキウキとした声で尋ねてきたのだ。
「蒼一さん、ケーキどうでした?」
ピタリと手が止まる。どう答えていいかわからず、私はそのまま停止した。
私が食べることのなかった咲良の手作りのケーキのことだ。誕生日の日、てっきりそれが食べれるのだと思い込んでいた。だが咲良が練習していたのは私のためではなかったと当日気が付いたのだが。
「……ああ」
「咲良さんすごく頑張ってたんですよ! 練習して、そのおかげで練習品はうちの子へのお土産になっててね〜」
「あれは、僕のじゃなかったんです」
小さな声でそう呟いた。山下さんが首を傾げるのがわかる。
扉の取っ手をぼんやり眺めながら苦笑した。
「どうやら、違う人にあげたかったみたいで」
「え」
「僕には近くの美味しいケーキ屋の」
そう言いかけていると、いつも明るい山下さんの声が突然厳しくなった。そしてピシャリと断言する。
「そんなはずありません!」
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