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知らなかった真実に、私はただただ呆然とするしかなかった。
毎晩並ぶ食事たち。慣れ親しんだ味で、山下さんが作っているのだと疑いもしなかった。私が美味しいと言うたび微笑む咲良の顔が浮かぶ。好物だと教えると楽しそうにはしゃいでいた。
まさか。
そんな。
形だけの結婚生活だった。始まりはあんな無理矢理な入り口。それでも咲良は初めから私と夫婦として過ごそうと努力してくれていたのか。
『好きな人は、います』
あの夜キッパリと彼女は言い放った。
「蒼一さん、咲良さんはとても一生懸命頑張ってます。彼女のそんな気持ちだけは疑わないであげてください」
懇願するようにそう言った山下さんは、何も言葉が返せない私に頭を下げると、そのまま無言で去っていった。その後ろ姿をただ見送ると、持っていた鍵を落としてしまう。高く響いた金属の音で、ついに我に返った。
私は玄関のドアを勢いよく開いた。
「咲良ちゃん!」
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