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初めて家に来た日に、指一本触れないと断言したこと。
咲良はそのままでいいと言ったのに、新しいベッドを買って寝室を別にしたこと。
好きな男がいるのかと聞いたこと。
震える声で進みたいと言ったのにできないと言ったこと。
咲良を傷つけてきた全てが……あまりに苦しい。
なんて馬鹿なんだ、自分は。拒絶されるのを恐れるあまり正直になろうとせず、逃げてばかりいた愚かさ。どうしてもっと早く自分の気持ちを伝えなかったんだろう。
『蒼一は鈍いみたいだけど、流石に一緒に暮らし始めればすぐお互い気づくと思ってたのよ。なのに……信じられないわ』
「……言葉もない。まさか、思ってもみなかったんだ」
手で顔を覆ったまま情けない声を漏らす。
「元々は綾乃の婚約者で、七も歳が離れてるし……兄としか思われてないと思ってた」
『馬鹿ね、本当に馬鹿。蒼一は頭いいくせに肝心なところで馬鹿だわ』
「ごめん」
『謝るのは私じゃないでしょ』
厳しく言われた言葉に顔を上げる。手のひらに握った指輪を取り出し、それを眺めた。眉間に皺を寄せ、固く口を結ぶ。
たくさん傷つけた。傷つけるだけ傷つけて逃してしまった。
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