8.蒼一の決意

29/30
前へ
/377ページ
次へ
   初めて家に来た日に、指一本触れないと断言したこと。  咲良はそのままでいいと言ったのに、新しいベッドを買って寝室を別にしたこと。  好きな男がいるのかと聞いたこと。  震える声で進みたいと言ったのにできないと言ったこと。  咲良を傷つけてきた全てが……あまりに苦しい。  なんて馬鹿なんだ、自分は。拒絶されるのを恐れるあまり正直になろうとせず、逃げてばかりいた愚かさ。どうしてもっと早く自分の気持ちを伝えなかったんだろう。 『蒼一は鈍いみたいだけど、流石に一緒に暮らし始めればすぐお互い気づくと思ってたのよ。なのに……信じられないわ』 「……言葉もない。まさか、思ってもみなかったんだ」  手で顔を覆ったまま情けない声を漏らす。 「元々は綾乃の婚約者で、七も歳が離れてるし……兄としか思われてないと思ってた」 『馬鹿ね、本当に馬鹿。蒼一は頭いいくせに肝心なところで馬鹿だわ』 「ごめん」 『謝るのは私じゃないでしょ』  厳しく言われた言葉に顔を上げる。手のひらに握った指輪を取り出し、それを眺めた。眉間に皺を寄せ、固く口を結ぶ。  たくさん傷つけた。傷つけるだけ傷つけて逃してしまった。
/377ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6897人が本棚に入れています
本棚に追加