9.咲良の答え

20/34

6895人が本棚に入れています
本棚に追加
/377ページ
   さきほど一瞬みただけでは気が付かなかった。彼は普段とまるで様子が違っていた。  いつもビシッと着こなしているワイシャツはよれてシワができている。サラリとした髪は風に煽られたのか乱れており、額には汗を流して私を見下ろしている。  固まったまま彼を見つめた。その顔を見ただけで、抑えていた気持ちが溢れてしまいそうになりぐっと堪える。  一時の間があったあと、蓮也が蒼一さんの後ろから現れ、彼の肩を掴んだ。 「ちょっと待て、勝手に入るな」 「ごめん蓮也くん。咲良ちゃんは返してもらう」  蒼一さんはそう厳しい声で言った。そしてぽかんとしている私の腕を引いて立たせると、そのまま強引に引っ張られて出口へ向かっていく。 「え、そ、蒼一さん!?」  何が起こっているのかいまだに理解が追いつかない私は、されるがまま彼に引かれていく。蓮也すら、呆然として私を止めることをしなかった。すごい力で引っ張られながら、玄関でなんとか靴をつま先に引っ掛けて履いた。蒼一さんは一度も私を振り返ることなくどんどん進んでいく。  蓮也にお礼の言葉を言う余裕もなく、私はその場から出て行ってしまった。
/377ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6895人が本棚に入れています
本棚に追加