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助手席に乗せられると、彼は運転席に乗り込んだ。シートのひんやりとした温度が背中から伝わる。ハンドルを握り、けれどもエンジンをかけることなく蒼一さんは言った。
「咲良ちゃんは他に好きな人がいるんだ、って思ってた。だから、僕たちのこの関係をどうしようかずっと考えてたんだ。勢いだけであんな計画をして、先のことまで考えてなかった馬鹿なんだよ僕は」
どこか遠くを見るように蒼一さんが言う。その横顔を見つめながら、私は彼の言葉に耳を傾けていた。
「今更、って思われるかもしれないけど伝えたかった。本当の自分の気持ちを咲良ちゃんに。始まりこそあんな偽りの結婚だったけど、それでも僕は」
彼のハンドルを握る手に力が入る。私はつい反射的に言った。
「私! いくら気を遣う人間でも!
……好きでもない人の結婚相手に立候補したりしません」
はっとした顔になる。蒼一さんがゆっくりとこちらを向いた。
私の頬を生ぬるい涙が伝った。ああ、言いたくてもずっと言えなかった言葉をようやく言えた。言った方がいい、と諭してくれた蓮也の言葉が脳裏によぎる。長い間踏み出せなかった一歩をようやく踏み出せた。
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