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「甘いわ、蒼一。今から他の仕事を探す? あなたは恵まれているのよ。絶対に苦労するし後悔するわ。咲良さん、あなたもそれでいいの? 今までのような生活とはいきませんよ!」
焦ったように母は咲良に問いかけた。私が答えようとした時、隣から凛とした声が聞こえた。堂々と前を向いた咲良が言う。
「私も働きます」
強い口調だった。私はじっと隣の咲良を見つめる。母も、咲良の様子に唖然とする。
「……何を」
「蒼一さんは私の初恋の人です。一緒にいれるなら喜んでどんな道でも歩みます」
その横顔を眺めながら、自然と自分の頬がゆるんでしまった。
困ったな、私よりカッコいい。
狼狽える母を無視して、私は咲良の手を引いて出口に向かった。決まったのならもうここに長居する必要はない。すぐに荷物をまとめてどこかへ行こう。背後で私の名前を呼ぶ叫び声が聞こえるが無視する。
もし万が一、今更「じゃあ認めるわ」なんて言ったとしても、信じられるわけがない。私たちの決意を覆す気はなかった。どうせ裏で何かやってくるに違いないんだ。
「天海さん!」
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