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母は流石に口をつぐんだ。もう言い返す言葉なんてないはずだ、だが顔は悔しさでいっぱいに見える。まあ今更肯定の言葉など出てこないのだろう。
私は隣の咲良に言った。
「ありがとう、咲良ちゃん」
「ええ! 私ほんと、そんな大したことしてないんですが」
ブンブンと首を振って慌てる。そんな咲良と私に父が眉間に皺を寄せて言った。
「咲良さん、家内が失礼なことをして申し訳なかった。強く言って聞かせます。もうこんなことはさせないと約束する。
蒼一、どうか退職は考え直してもらえないか」
ゆっくりと頭を下げられる。私はちらりと咲良を見た。恐らく、嫌だったとしても彼女はここでノーとは言えないはずだ。
父がこちら側であるということは大きい。これだけ厳しく言われれば母も下手なことはできなくなる可能性は高い。が、今までやってきたことはそう簡単に許せることではないし、そこにいる新田茉莉子の存在も気になる。
とはいえ、ここで辞める、辞めないの話し合いも咲良に負担を掛けるだけだ。もう話は切り上げて、早く去るのが一番だと思う。母や新田さんの視線も、彼女にとっては苦しいだろう。
オロオロしている咲良の代わりに声を上げた。
「それはまた二人で話し合う。ここですぐに返事はできない」
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