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プロローグ ガラクタの人形
夜の帳が降りた渋谷に、ネオンや街灯の光を頼りに人々が行き交う。
その人の波に埋もれているハチ公像の隅にいた小さな女の子を、俺は偶然にも視界に入れてしまった。
俺は通勤のために毎日このハチ公像前を通っているが、昨日まで彼女はそこにいなかった。
俺は彼女を見かけると、無表情のまま彼女の前まで歩を進める。
人の流れに逆らって。
彼女の前まで行くと、俺は彼女に視線を落とす。
彼女は瞳を閉ざしていた。
……寝ているのだろうか。
まぁ、そんなことどうでもいいか。
俺のやる事なんて、ただ一つだ。
俺は彼女に優しく微笑みかけると、彼女をそっと抱きとめる。
右から左に動く人の流れに飲まれそうになりながらも、俺は足に力を入れ、その場に踏みとどまる。
こんな俺がこんなことをしていいのかと、我ながら疑問に思っていた。
でも今思うと、もしかしたらあれで良かったのかもしれない。
だって、俺はああしないと彼女との関係をつくることができなかった。
彼女を……救うことができなかった。
彼女は抱きとめられても微動だにせず、少しも驚くことはなかった。
……やはり、寝ているのだろうか。
俺は彼女のことをさらに強く抱き締めながらなるべく優しい声音になるように心がけて口を開く。
「うちに来ない?ここじゃ、寒いからさ。」
……彼女は反応しなかった。
俺は彼女の返事を待たずにまた口を開く。
「俺は君のことを守りたいんだ。君にためにも……俺のためにも。」
最後のを言うべきではなかっただろうか。
少なくとも、今言うことではなかったか。
そう俺が少しだけ後悔をしていると、彼女は消え入るような声で言った。
さっきまでうるさかった人の話し声や笑い声が今は全く聞こえないので、彼女の声は容易に聞き取ることができた。
「……苦しい。」
彼女はそう口の中で言葉を転がす。
その声が俺の耳朶を叩いた瞬間、俺は腕に力を入れるのをやめ、そっと彼女から離れる。
なんだ、起きていたのか。
俺は思わずそう言葉を吐き出してしまいそうになるが、ぐっと抑えて、それを飲み込む。
すると、さっきまで閉じていた瞳に光が差し込んだ。
街灯に照らされるその僅かにブラウンの入った哀しげな瞳は、俺のことをただ弱々しく見つめるばかりだった。
体の大きさから見て、だいたい小学校低学年辺りの年齢だろうか。
ボロボロの洋服を身にまとい、多分ロングであったその髪は今やその面影がない程には崩れてしまっていた。
例えるならば、アフロのような髪型にまでなっていた。
洋服があって分かりづらいが、体もかなり痩せ細っているのが見て取れる。
多分、何日も食べ物を口にしていないのだろう。
頬に汚れがあり、額に傷がある。
そして、足を伸ばして小さく俯き座っているその姿は……
……まるで、生気を失ったガラクタの人形のようだった。
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