日下健について語ろう

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日下健について語ろう

 それでは説明しよう。  日下健(くさかけん)  一年特進コースで成績上位。一学期の期末テストで学年四位。定期テストの結果発表では、いつもスポットライトを浴びる優等生。  いや!正確に言えば定期テストの結果発表のときだけ、スポットライトを浴びる優等生であった。  そして……。  ふだんの授業ではまるで目立たなかった。ほとんど存在も忘れられた典型的なクラスカーストの最下層。  身長は一メートル六十センチ。女子生徒と比べても小柄。眼鏡をかけて真面目でおとなしい性格が災い。典型的な「ぼっち」の学校生活。男子女子区別なく親切で、テストのポイントだって丁寧に教えてくれるというのに……。  人間とは受けた恩をあっさり忘れる生き物。それは高校生でも変わらない。  実をいえば眼鏡をはずせば、なかなかイケメンだと気づいている女子もいるのだが……。  健の母方の祖父母は両方とも高校教師。  さらに!  両方とも校長になり、最後は教育委員会の重職だった。退職後も教育評論家や参考書の監修。大手学習塾チェーンの顧問として活躍。  教育者として尊敬される一生を送った。  亡くなった母も高校教師だった。学年主任として進学校に赴任する直前に病気にかかり、健康を回復しないまま亡くなった。  父は会社員だったという。教師の仕事一筋の母と対立し、健が小さい頃に離婚。健は父親の記憶が全くなかった。  今は母方の叔母のめぐみとふたり暮らし。  健は祖父母や母を継ぎ、高校教師になることをめざしていた。それこそ自分の運命だと信じていた。  そして今、「三年間、『ぼっち』が彼の運命」とまでわれた日下健は、じっと窓の外を見つめている。  あまりにも悲しい自分の青春について、ひとり物思いにふけっているのだろうか? 「待てよ、日下。本当のことを全部知っておく方がお前のためになると思うぞ」  中山くんはなおも話を続けようとする。  本当に健のためになると思っているのか?これは非常に疑問である。  窓から校舎の正面玄関前の広場が見える。  下校の生徒、クラブへ向かう生徒。  彼等の渦の中。  健はめざす女性(ひと)を見つけた。  一年特進コース担任の本田つかさが広場を一回りし、また正面玄関に入っていく。 (合図だ。本田先生が僕に何か頼みたいことがあるんだ)  健が立ち上がる。 「僕、帰るから」 「まだオレ、全部話してないぞ」 「ありがとう。感謝してる。本当にもういいから」  
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