挑戦とトキメキ

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再生数よりも自分の今歌える歌を世の中に発信できていることが嬉しい、その気持ちに嘘は無かった。それに今は顔を出さなくても、純粋に歌声だけで判断してくれる文化も育ってきていて、私みたいなおばさんにはありがたい。しかし敷居が低くなってる分、競争率は上がっているし、ここから有名になれる人はひと握りだ。そして私はその競争に、とてもじゃないけど勝てる気がしなかった。だからがんばってくれている紗和には悪いが、再生数に興味のないフリをして、傷付かないように予防線を張っているのだ。 歌を投稿するのは置いてきた青春を取り戻すためだけであって、再生数も周りの評価も関係ない。私はそんなスタンスを保つことで、自分のなけなしのプライドを守っていた。 「あ、やっぱりここにも。お姉ちゃん、やったね、ファンが出来たみたいよ」 「え?」 紗和ニコッと笑うと、動画の下に並んでいるコメント欄を人差し指で差した。私はゆっくりとそれを目で追って行く。 『力強く伸びのある歌声で感動しました。他の歌もぜひ聴きたいです。 Hibiki』 そのコメントを読んで、私は胸の底がジンジンと熱くなっていくのを感じた。嬉しかった、とても。自分の歌で感動してくれて、もっと聴きたいと1人でも思ってくれる人がいたことが。そして10年前に切り離したはずの歌への情熱が、またゆっくりと戻っていくのを感じた。 「このヒビキさんって人、全部の動画にコメントくれてるよ。もうこれはお姉ちゃんの完璧なファンだね」 分かる人には分かるんだねと、とても得意気にしている紗和を眺めながら、私は改めて強い決意をして口を開く。 「私、オリジナル曲をアップする。できる限り書下ろしで作る」 私のこの言葉を待ってましたと言わんばかりに、紗和は目元を三日月にして嬉しそうに笑ってくれる。 「うん、それがいいよ!私も絵つけるの頑張るね!オリジナル曲なら少し絵に動きつけて、アニメーションっぽくしようかな」 「頑張ってくれるのは嬉しいけど、全然仕事に支障無い程度でいいんだからね?」 「大丈夫、仕事は仕事でちゃんとやってるから。私もさ、楽しいんだよ。お姉ちゃんの歌に自分の絵をつけることが。だから遠慮しないで、任せてよ」 そんな頼もしい言葉をくれる妹が、心の底から有難かった。お互いのやりたい事を思いっきり表現できる場を見つけた私達は、曲のイメージなどを深夜まで話し合った。結局この日も終電を逃してしまい、私は紗和のアパートに泊まった。
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