38人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日から私は、治療の合間を縫って本格的に曲作りを開始した。手術の為に入院する1週間後までに、少なくとも3曲は録音したいと思っていた。今まで溢れだしてきた言葉とメロディーを集めて、仕上げをしていく。その作業に没頭している時は、病気のことも、自分の人生に対しての不安も全部忘れることが出来た。
「まさか、また和歌から連絡が来るとは思わなかったな。元気そう・・・だけど元気じゃないんだっけ」
そんな風に私を懐かしそうに眺めるのは、高校、大学と通っていたライブハウスの店長、眞島さんだ。私は何とか曲を完成させたものの、録音の仕方に迷っていた。この前はカラオケで勢いのまま携帯で録音したが、オリジナル曲はそれなりにちゃんとした音質で録音したかった。そこで学生時代に色々と教えてくれた眞島さんに久々に連絡をして、相談をしてみたのだ。
「お久しぶりです。眞島さんは正真正銘元気そうですね。相変わらず、若々しい」
「変わらないだろ?俺も、ここも」
ニコッと白い歯を出して笑う眞島さんは、あの頃より少しだけシワが増えた気がするが、少し長めの髭も、1年中バンドTシャツを着ているファッションも変わっていなかった。そんな彼を見ていると、自分が学生時代にタイムスリップしたような錯覚に陥る。それにこのライブハウスも、ライブハウスの地下にある練習スタジオも、何もかも10年前と変わっていなかった。
「本当に、あのころのままで・・・懐かしい。私はこんなにおばさんになっちゃったのに」
「和歌はまだ若いだろ?綺麗なお姉さんになったよ。歳とったのは俺。もうすぐ50だぜ?最近はもう、高校生なんかにはついていけなくてなぁ」
眞島さんは所々冗談を交えながら、こんな私のことをあたたかく迎えてくれた。
ここはまるでネバーランドのようだと思った。何もかもずっと変わらずに、音楽と共にあり続ける場所。そしてピーターパンのように歳を取らない眞島さんが、笑っている。しかしそんなネバーランドも、ちょっとだけ変化している部分があった。
「ほら、これが新しく作った録音ブース。今ではこいつが稼ぎ頭と言っても過言じゃない」
眞島さんが少し得意気に開けた扉の先には、録音機材が沢山並んだ六畳程の防音の部屋が広がっていた。
最初のコメントを投稿しよう!