衝動と逃避

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何か残したい。 何か残さなきゃ、私が確かに生きていた証を。 もし、死ぬことになったとしても、後悔しないように。 これから待っているであろう闘病生活への恐怖で麻痺してしまったのか、私は急に何か大きなことがしたいという気持ちになった。 そして気付いたら、病院の帰り道にあるこのカラオケに1人で来ていた。 私が生きていた証。 私が残せるもの。 それは歌しかないと瞬間的に思った。 私はプロの歌手になりたかった。 キッカケは小学生の頃、音楽の先生に歌声を褒められたことだった。 「和歌(わか)ちゃんの声は澄んでいてとても綺麗ね」 元々歌うのは好きだった。母がいわゆる昭和のアイドルが大好きな人で、幼い頃から私の周りには音楽が溢れていた。母が聴いている曲を自然と覚え、私も口ずさむようになっていた。それで自然と、歌唱力が鍛えられたのだと思う。 あの頃先生に褒められて、歌はただそこにあるものから、私にとって目標に変わっていった。自分には先生に褒められる程の実力があるのだから、きっと世の中に通用するはずだ。この声で世界中の人に夢と希望を与えたい。我ながら単純だなと呆れてしまうが、幼い私は歌手になることを強く強く夢見た。 その夢はずっと変わることなく、高校生の頃は軽音楽部に入って、同級生とバンドを組んだ。勉強もそこそこに、ライブハウスに入り浸り、ギターの演奏を必死に覚えた。 大学生になると部活でやっていたバンドが解散してしまったので、1人でギターを抱えて路上ライブをした。自主制作でCDを作って手売りしたり、有名なレーベルにデモテープを送ったりした。しかしそんな私の活動を、両親はあまりよく思ってなかったらしい。 「音楽をやるのは大学までにしなさい。大学でプロとして芽がでなかったら、ちゃんとどこかの企業に就職しなさい」 大学二年生の冬。父から突然、そんなことを言われた。つまり夢ばかり見ていないで、ちゃんと就職活動はしろという事だった。 全く意見を変えることが無さそうな強い父の瞳に、私は何も言えなくなってしまった。だからより一層音楽活動に力を入れて、大学在学中に一旗揚げてやろうと思った。
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