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カラオケを出ると、キンモクセイの香りが鼻をくすぐった。空を見上げると、オレンジ色の雲が静かに流れていた。秋の空気を含んだ風は、少し肌寒い。
私はスマホ画面を眺めながら悩んでいた。
先に実家に連絡するべきか。
近くに一人暮らしをしている、妹の紗和にとりあえず話すか。
駅前のベンチに腰を下ろして、しばらく悩んだが、結局妹の紗和に連絡をした。直接会って話したいことがあるとメッセージを飛ばすと、今夜お姉ちゃんの奢りなら飲みに行ってもいいよと返ってきた。
がんって飲酒して大丈夫なのかな?きっとダメだよな。
そんなことを思いながら、紗和が行きたがっていた、焼き鳥が美味しいと評判の居酒屋を予約した。
「え、お姉ちゃん、飲まないの?!」
「あ、うん。今日はちょっと辞めとく」
「何で?!もしかして・・・体調悪い?」
「ああ、まぁ、そんなとこ」
私がそうやって誤魔化すと、昔から勘の良かった紗和は顔色を変えて呟いた。
「そういえば食欲無くて病院、行ったんだよね?・・・あんま良くなかったの?」
本当は紗和が程々に酔った頃に、軽めに報告するつもりだった。しかしこの雰囲気はもう、全てを正直に話さなければ彼女の気が収まらなそうだった。
「お姉ちゃん?」
「あのさ、落ち着いて聞いて欲しいんだけどさ」
「うん」
「病院行ったら、胃がんって言われちゃった。でもまぁ、初期に見つかったから、取れば大丈夫みたいなんだけどね」
私は暗くならないように、なるべく軽めに明るい声で話した。紗和はそんな私を大きな茶色い瞳でじっと見つめ、しばらく何も言わなかった。きっとなんて言って良いのか分からなかったのだろう。
「本当に?大丈夫なの?その、よく分からないけど・・・転移とかそーゆのはないの?」
「そこはまた手術前に詳しく検査するみたいなんだけど、今のところは胃に初期の腫瘍があるだけみたいだから」
「お姉ちゃん、死んだりしないよね?私、嫌だよ、お姉ちゃんがいなくなったりしたら・・・」
紗和は薄ら涙を浮かべると、右手で目を抑えた。そんな紗和に、お店のおしぼりを渡した。おしぼりで目元を拭いた紗和の顔は、少し化粧が落ちて、子どもの頃のような幼い表情に見えた。
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