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夏は嫌いだ
茹だるような暑さ。遠くに蝉の声を聞きながら、ひとり残された教室の窓からぼんやりと外を眺める。
夏は嫌いだ。
この学校の二年生、眞嶋友行は額の汗を制服の袖で拭い時計を確認する。バスの時間までまだ大分ある。外のバス停で暑い中待つより、まだ風の通るこの教室で時間を潰していたほうがマシだ。暑さで余計に胸糞悪い気分だけど外にいるよりはずっといい。用の済んだ先生ももう戻ってはこないだろう。
夏休み初日に補習として担任に呼ばれた。友行は成績も特に問題はなく、寧ろ同年代と比べると賢い方だ。出席日数だって足りている。なぜ補習だと言って学校に呼ばれたのかわからなかった。それでも先生に呼ばれれば無視をするわけにもいかず、根は真面目な友行はこうして律儀に暑いなか学校に足を運んだのだった。
教室に入ると自分以外にも誰かいるかと思っていた友行は誰もいないことに少し不安になった。何の教科の補習かも知らせてもらえず、何も持たずに来ればいいと言われてその通りに来てしまった。学校内には部活動で多くの生徒が来ているものの、この校舎内には生徒の姿は殆ど見えない。大体が運動部で体育館やグラウンド、専門の道場で活動している。音楽室や美術室など文化部の生徒の活動する教室は別館にあるため、友行のいる校舎は人気がなく静かだった。
窓の外から聞こえてくる蝉の鳴き声だけが響く中、とりあえず友行は自分の席に着き担任の到着を待った。
「眞嶋ごめんな、待たせたね」
ハンカチで汗を拭きながら先生が教室に入ってくる。汗を拭うその手はハンカチ以外何も持っておらず怪訝に思ったのも束の間、先生は友行のすぐ隣の席に腰をおろし身を乗り出して来た。
距離が近い……
暑さも相まって顔が火照る。本来人との関わりが苦手なタイプの友行は、急にパーソナルスペースに入り込まれるのは苦手だった。窓際の席でこれ以上奥へ逃げることもできず居心地の悪さを我慢していると、徐に先生は友行の太腿に手を置いた。
「補習と言ったけど、今日は個人面談だ。眞嶋は最近悩みはないか?」
唐突にそんなことを言われ、ましてや先生の手が自分の太腿を撫でている。全くもって理解が追いつかない。
「君がゲイだと揶揄っている生徒を見かけたんだ。その、イジメとか嫌な思いはしてないか心配になってね……相談に乗ってやりたいんだ」
顔を近付け囁くように、でもはっきりと先生はそう言った。確かに言われた通り自分はゲイだ。自覚もある。でもそれを他人に揶揄われたりなど絶対になかった。親しい友人にだって打ち明けていないし、絶対にバレないよう気を付けて生活をしている。仮に誰かにそのようなことを言われていたとしたら、絶対に自分は気がつくはずだ。それくらい周りに神経を張っている自信があった。
「大丈夫です。何もありません。それに俺、ゲイじゃないですから……」
先生は相変わらず太腿を撫でながら自分を見つめている。触れられている部分が気持ち悪く、離してもらいたくて無言で何度か手で払おうと試みるも効果はなく、益々先生の距離が近づいてくる。
「そうなのか? 俺ならお前の力になってやれるし、無理しなくてもいいぞ。黙っててやるから……な?」
太腿に置かれた先生の手が足の付け根に伸び、グッと押される。体重をかけてきた先生の顔が頬に触れそうなほど近付いてきたので友行は慌てて顔を逸らした。先生が「可愛いな」と呟いたのが聞こえてしまい、一瞬にして自分が置かれた今の状況を理解した。
「やめてください……」
自分の太腿に置かれた先生の手を取り、退かしてもらおうとその手をずらしてみる。感情的にならないように、恐怖で震えるのを悟られないように冷静を装った。
「怖がるなよ……な? 黙っててやるから、ほら……どうだ?」
太腿から手は離れたものの、今度は背中に手を回され抱きしめられる。驚いた友行は椅子から転げ落ちそうになり咄嗟にその腕に掴まってしまった。どうだ? って何がだ? 背中に回された手が無遠慮に腰を撫でた。ニヤついている先生の顔に腹が立ち、冷静に努めようとしたけどここまでされてはもう無理だった。
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