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目を醒ますと、海を臨む列車に乗っていた。
傾いた視界が通路越しの窓の風景を映している。
通路側の席に座っていた。
座席のヘッドレストに無防備に頭を預けたまま、ぼんやり思考を巡らせる。
どうやら、うたた寝をしていたようだ。
寝違えたのか、少しだけ首が痛い。
井鶴蒼伊は、くわと欠伸をして涙を拭った。
しばらく身動ぎもしていなかったのか、お尻も痛い。
ちょっと動いたら、皮膚とシャツの合間をたらりと汗が伝った。
寝ている間に汗をかいていたらしい。
多汗症なわけでもないのになと、息をつくように自嘲気味に笑った。
それもじきに車内の冷気が抑えてくれるだろう。
高校の制服と違って、今は通気性のいいシャツを着ているため、それほど不快感もない。
いい感じに体勢を整え、ついでにスマホを取り出した。
今は何時だろうと画面をトントン叩く。
すぐにディスプレイが明るくなり、画面上に時刻が表示された。
まだお昼前だった。
感覚的にはもっと経っている気がしたが、そんなものだと知覚すれば、そんなものかと腑に落ちる。
目的地に到着するまで、まだ時間がありそうだ。
コトンコトンと、ほどよい振動が心地よい。
……もう一眠りするかな。
そう思って、何気なく隣の席を見た。
隣には見知らぬ少女が座っていた。
歳は自分より少し下くらいだろうか。
パッと見た感じ、中学生くらいの歳頃に見える。
中性的な顔立ちに、陽光に照らされた明るい紺色の髪。緩めのボブカットに前髪を斜めに流し、その合間からは琥珀色の瞳が覗く。
ベージュのシャツの上に、日焼け防止と言わんばかりにビビットグリーンのカーディガンを羽織っている。
そんな印象的な少女が窓の縁に頬杖をつき、ニマニマとこちらを流し目を向けていた。
視線がかち合っても少女は視線を外さない。ただ何も言わず、面白そうにこちらを見続けている。
別に意地とかではないが、蒼伊もしばらく少女を見つめ返していた。
で、ある時点でふと冷静になって思い至る。
──何でこの子、こんなにガン見してくるの?
「…………。えっと、何か?」
たっぷり間を空けたのに、出てきたのはそんな無難な言葉だった。
しかし、その言葉を待っていたかのように少女は口を開いた。
「寝顔が可愛いから、見てた」
事もなげに少女はそう言った。
思わず「はぁ?」と、初対面にしては不躾な声が漏れてしまった。
その声が思ったより大きくなってしまったため、蒼伊は気まずさを誤魔化すように身を引いた。
次いで慌ててゴシゴシと口元を拭う。
口開けて爆睡とかしてなかっただろうか。
沽券に関わるから、していなかったと信じたい。
ちらりと視線を戻したら、やはり少女はニマニマと笑っていた。何がそんなに愉快なのだろうかと、不思議に思うほどに。
「気分はどう?」
「気分もなにも……」
蒼伊は眉をひそめた。
お前のせいで気まずいのだが、とさすがに初対面の相手にそこまで無粋な言葉を投げるわけにもいかない。
「覚えてる?」
「……え、何を──」
意表をつかれた蒼伊は途中で言葉を切った。
まだまどろみが残っているようだ。蒼伊は顔を背けると、くわと無意識にでた欠伸を無理やり嚙み殺した。目尻からにじむ涙に視界がぼやける。
「退屈そうだね」
「あ、いや。別にそういうつもりじゃ」
蒼伊が涙を拭いつつ視線を戻すと、少女は興が削がれたようにニマニマ笑いを引っこめていた。
だが思い出したように口角をあげると、少しばかり身を寄せてきた。
「そうだ、いいこと考えた。寝ちゃうくらい退屈ならさ、ゲームをしない?」
「ゲーム?」
「そう、ゲーム」
一方通行に突拍子もないことを言う少女だ。
あまりに少女が物怖じせずに話しかけてくるものだから、あれもしかして知り合いだっけ? という妙な錯覚に陥ってしまう。
……いやいや、そんなはずはない。すぐに自己完結する。知らない知らない。
「問題です」
彼女は、こちらの困惑した内心などお構いなしに続ける。
「流れゆく何の変哲もない長閑な光景を見て、男は絶望します。……さて、どうしてでしょう?」
そう言って、少女はわずかに目を細めた。
口元には、薄い笑みを貼り付けて、どこか不敵な相貌だった。
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