01. 窓際に覗く

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「……」  いたたまれなくなって蒼伊は席を立った。  何か言ってくるかと思ったが、特に反応はない。  少女は何も言わずに見送ってくれるらしい。  そのまま同じ車両の前方の席に移動する。  ガラガラの車内。お粗末な乗客率だ。  多く見積もっても人は二割も乗っていない。  まだ夏休み前だ。片田舎の休日の列車事情など、こんなものなのかもしれない。    そんなわけで何処(どこ)でも自由に座ることができる。  指定席を取るのがアホらしくなるくらい、自由席でも全く差し支えない。  それだというのに、……何であの子はこの空席の多い車内で、わざわざ隣に座っていたのだろう。  最初はいなかったはずだ。  うたた寝している間に入り込んできた?  だとしたら、なおさら行動心理が理解できない。  そんなことを思いつつ、窓際の席に移動した。  先ほどとは反対側の席になるため、窓から見えるのは田畑と民家ばかりだが。  流れる景色をしばらくぼんやり眺めていると、前方の扉が開き、柔らかい女性の声が聞こえてきた。 「冷たいアイスコーヒー、アイスクリーム、お土産に地域の銘菓は、いかがでしょうか」  車内販売特有のゆっくりと耳に染み入る声。  制服を着た女性が、ワゴンを押しながらこちらに向かってきていた。  もう一度うたた寝する気分にはなれなかった。  眠気覚ましにアイスコーヒーでも貰おうと思った。 「すみません」と、駅員の女性に一声かけた。  (ふところ)から、使い古した折りたたみ財布を取り出す。  少しだけ列車が揺れた。    あれ……?  ぐにゃりと、視界が引き延ばされるような感覚がした。  突然の目眩(めまい)に、側頭部のあたりに手を添えた。  ぐわんぐわんと、脈打つ振動がかすかに指先に伝わってくる。  目眩はすぐに治まった。  手を離すと、金属的な音が足元で響いた。  見下ろす。蒼伊は足元の惨状(さんじょう)を見て、ゲンナリと顔をしかめた。  ……不覚にも財布を落としてしまった。  しかも床に叩きつけられた拍子に、中身を盛大にぶち撒けてしまったようで、あたりに小銭が散乱している。  クルクルと足元で回っていた一円玉が、パタリと倒れた。 「あー。……すみません」  今度は謝罪の意を込めて女性を見やれば、彼女はかすかに戸惑っている表情を浮かべていた。  しかしすぐに取り繕い「いえ、大丈夫ですか?」と柔らかく笑う。 「はい。ええと、お構いなく」  蒼伊は見えている範囲で落ちている小銭を素早くかき集め、アイスコーヒーを注文した。  少しだけ間ができる。  女性が準備している間、蒼伊は財布の腹を指先で無意味に撫でつつ、内心でため息をついた。  しまったな。  あとで飛び散った小銭、回収しないと。  しかし座っているのに突然の目眩とは。  日頃の不摂生が(たた)っているのかもしれない。  もう少し栄養価のあるものを取らないと、またに余計な心配をかけるかもしれないな──。  ちょっとしたハプニングを経て、無事アイスコーヒーを受け取った。  一言お礼を添え、業務的な笑顔の女性を見送る。  ふと、女性の押すワゴンに積まれていたお土産に目が留まった。  海亀まんじゅう、と書かれた青い包装紙。  海の背景にポップな海亀のイラストが書かれたそれは、蒼伊の住む海ノ宮(うみのみや)町の銘菓だった。  海に面するこのあたりには、どこのお土産屋にも置いている印象がある。  それで思い出した。  水平思考ゲーム。──ウミガメ。  ああ。そういえばそんなものがあったな、と。  スマホを取り上げて、ブラウザを立ち上げる。  検索フォームにウミガメと入力すると、検索候補に目的のものが挙がってきた。  『ウミガメのスープ』。  検索候補をクリックし、上位に出て来たリンクをクリックする。  代表的な水平思考ゲーム、と説明があった。  問題形式は先ほど少女が言った通り、回答者が出題者に対して、イエス・ノーで答えられる質問を繰り返し、不可解な問題の真相を解き明かしていくというもの。  肝心の問題は、そのすぐ下に記載されていた。 —  ある男が、とある海の見えるレストランで『ウミガメのスープ』を注文した。  スープを一口飲んだ男は、それが本物の『ウミガメのスープ』であることを確認し、勘定を済ませて帰宅した後に、自殺した。  一体、なぜ? —  つらつらと書かれた問題を見て、蒼伊は窓の縁に頬杖をつき、車窓の外を見やった。  いつだったか。  小さい頃、この問題を聞いた覚えがあった。
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