さよならの向こう側

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 コンクリートで固められた駅前を歩いて、時間通り来る電車に乗って自宅へと帰る。しっかりと空調が効いた車内で、エリと話をしながらあっと言う間に最寄駅へと運ばれる。   「なんかさ、目を開けたらイギリスに戻ってるんじゃないかって未だに思っちゃう」  馬鹿みたいだよね、と笑うエリの気持ちがよくわかる。  自分の部屋の扉を開けるたびに、三階に続く階段が現れるのではないかと少し期待してしまう。そんなこと、絶対に起こるはずないのだ。実際、いつも目の前には薄暗い廊下があるだけだった。当たり前だ。  当たり前なのに、がっかりする自分がいる。 「たまには一緒に帰ろうよ」 「うん。久しぶりに話せて嬉しかった」  エリと別れて自宅へと帰る。ネオンが輝くガヤガヤと騒々しい駅前を抜けて、コンクリートのマンションを目指して歩く。  マンションの集合ポストを開けて、大量のダイレクトメールを手に取る。それから、玄関に向かう。    たくさんのダイレクトメールの中に、少し分厚い封筒があるのに気がついた。 『エアメール』  封筒の端にそう書かれた文字に胸が跳ねる。  均整のとれた綺麗な文字。  これは、カイの文字だ。  クリスマスツリーが印刷されている切手が貼られている。  階段を駆け登って自宅の玄関を開けて部屋に籠る。それから、ゆっくり封筒を開いた。  封筒の中から、懐かしい匂いがする。私の傍に常にあった匂いだ。  クリスマスカードを開くと、ポップアップ式のクリスマスツリーが立ち上がった。  緑色のもみの木に、クリスマスカラーの装飾が揺れるスタンダードなクリスマスツリーが手の中に出来上がる。 『きっとナツはこんなツリーが好きだよね!』  一言だけそう書かれたクリスマスカード。どこまでも彼らしい。  私がいなくなった後も、私が好きそうなものを考えてくれていることに嬉しくなる。  嘘じゃない。夢じゃない。  私が過ごした日々は、消えないのだ。  触れられなくても、気持ちは隣に。会えなくても、私たちは同じ時代を生きている。  これは奇跡だ。  何十億人も生きている星で、私たちは出会い、繋がり、同じ時を刻んで生きているのだ。  クリスマスカードを机の上に飾って、レポートを書くためにノートパソコンを開く。  開きながら考えていた。  私は彼に、どんなクリスマスカードを送ろう。彼はどんなやつが好きだろうか。カイにだけじゃなくて、リースとヒルダにも送ろう。私が送るカードに『ナツっぽい』と笑うだろうか。  それで良い。  手のかかるワガママで英語が下手な日本人の女の子がいたなと、彼らの中でずっと存在していけたら私は幸せだ。  レポートをやろうと思っていたのに、クリスマスカードのことが頭から離れない。  居ても立っても居られなくなって、ノートパソコンを閉じると私は街に向かって駆け出していた。
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