1.残念会

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1.残念会

「さつきセンセ、飲みます?」 多分ワインであろうボトルの入った袋を掲げて、大地がエントランス脇の階段に座ったまま微笑んでいる。もう何十年と見てきた、辺りを一瞬で輝かせてしまうような鮮やかな微笑みで。これは兄弟で似ているかもしれない。私はつい昨年も実家の年賀回りで、これまた実家に立ち寄っていた兄の方を思い出す。もう記憶の彼方でぼんやりと甘く煙っている初恋の人を。あっという間に結婚して双子の父親になっている人のことを。 「なに、どうしたの?」 「いやあ、玉砕の残念会ってことで。付き合って下さいよ。」 「玉砕?っていうか、大地の残念会ならそこここで女子が群がると思うけど?何もわざわざこんな辛気臭い所に来なくても。」 辛気臭いって自分で言いますかね、と笑っている。 「しばらくは大人しくしときますよ。だから女子軍団はちょっと。」 全く否定しないほど、そしてそれをわざわざ突く労力の無駄遣いをしないほど、大地のモテぶりはもはや時候の挨拶のようにそこここで共有されている。その大地が玉砕?首をひねっていると、さっさと立ち上がって、私が肩から下げている重しのようなカバンをするりと引き抜いた。 「相変わらず何でこんなに重いんです?家でどれだけ仕事する気ですか。明日は土曜日ですよ?」 こういう紳士的なところは兄弟で正反対だ、とまたなぜか空のことを思い出す。口は勝手に、うん、だからよ、と言い、大地にとられたカバンに手を突っ込んでキーホルダーを探す。 「あれ?」 「何やってるんですか。」 「いや、鍵。あ、ちょっといい?」 大地の大きな手からカバンを奪い返して中をひっかきまわすと、チリリンと音がしてホッとした。そのもう色が全部剥げてしまって銀色がむき出しになっている猫の鈴を引っ張り出して、エントランスを開錠する。 「それ、大昔のやつですよね。さつきセンセ、物持ち良すぎ。」 大地は目が速い。耳も速い。頭の回転は言わずもがな。だからすぐに見つかってしまう。悟られてしまう。一回だけ一緒に出掛けたことのある近所の公園の縁日で買ったものだということも。でも何でそれを未だに私が使っているのかについては触れてこない。十分に大人の距離を取られている。こういうスマートなところも、なぜかまだこの男が独身でいるのかの一因になっているような気がする。
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