6.ひどい顔

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6.ひどい顔

翌日、大地は午前中外来で一日病棟の私とは顔を合せなかった。 ホッとしていると、背中をどやしつけられた。 「あんた、ひどい顔。それ患者さんに見せるとかってナースとして許せない。」 「ええっ?」 「一瞬来な。」 絵梨花に引っ張られて師長室に連行される。手早くスプレーやらクリームやらお粉やらを塗りたくられて、目の際にハイライトまで入れられる。 「ちょっと、私こんなの普段もしてないから。」 「今日のお化け顔にはこれくらいしても足りないっ。」 カツを入れられる。 「そんなにひどい?」 「ひどいなんてもんじゃない。死にそうよ。何かあった?大地と。」 「そこでいきなりその名前?」 私は誰もいないとわかっているのに室内を恐る恐る眺め回した。 「あたしとあんたしかいないって。で?」 出た。絵梨花の「で?」。 「えーと、」 「手早く一分で。」 「あ、はい。」 絵梨花といると研修医の頃に戻った気になってしまう。さんざん叱られたからだろうか。 「昨日大地に質問されたの。何で俺と親しくするんですかって。大地は私がお兄さんの空のことをずっと好きだと思ってたみたいで。」 「はあ?」 「うん、でしょ?だから一生懸命それは誤解だって言ったんだけど。そうしたら、」 「思うつぼだったってわけ。」 「…みたい。」 「で?」 「いや、もう私パニックで。キーホルダー投げつけて帰ってきた。」 「は、何でキーホルダー?」 「高校の時、大地が買ってくれたやつ。」 「あんた、それ後生大事に持ってたわけ?」 「うん。」 「あー、可愛い。私だったら即彼女って言うか、妻にするけどね。」 「ありがとうございます。」 「よし、事情はわかった。で、あいつは?」 「今日は午前外来。」 「じゃとりあえずお昼まではセーフってわけ?」 「うん。」 「んじゃ、どうやらやっと人間らしくなったその顔でラウンド頑張んな。」 「イエッサー。」 私は敬礼して師長室を後にした。出たところで早速黛から、うっわー、今日の先生超かわいー、とお褒めの言葉を頂戴した。勿論病棟でその言葉遣い、と注意はしたけれど。その日は結局緊急処置があったり入院検査のオーダー出しが山ほど重なったり、内科の委員会に出席しなくちゃならなかったりして、大地の顔を見ることは無かった。倒れるように家に帰りつき、とりあえずお風呂を沸かした。食欲は全然なかったけれど、冷凍してあったごはんを解凍して昨日の残りの具沢山のお味噌汁で流し込んだ。ゆっくりとお湯につかると身体中が緩んで、今日一日中どれほど緊張していたのかがよくわかった。ベッドに入ると深い溜息が漏れ、前日に眠れなかった分、あっという間に眠りに吸い込まれた。
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