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そして先週、うちの両親は自宅の一部を改装して作った蕎麦屋をオープンさせた。
カウンターとテーブルが2つだけという小さなお店だ。
平日お昼だけの営業なので自分たちの趣味の時間も作ることが出来るようになったと喜んでいる。これからは二人で週末温泉旅行にも行くらしい。
今まで店があって旅行とは無縁の生活をしてきた両親。今後は週休2日だけでなく店を休んで旅行に行きたいと言っていた。
複雑だった私と両親の関係を解いてくれたのはやっぱり凌雅だった。
結婚の許しをもらうためだからと言って、プロポーズを受けてすぐの週末に嫌がる私を連れて実家に行き、ギクシャクする両親と私の間に入って上手に会話を繋ぎ、うちの父と仲良くお酒を飲み始め二人揃って酔い潰れて寝てしまった。
寝てしまった凌雅を置いて帰るわけにいかず仕方なく実家に泊まることにしたのだ。
男二人を寝かせた後、お皿を片付けながら久しぶりに母と二人になる。
二人で流し台に立ち、私が洗って母がお皿を拭く。
ーーー無言だった母が震える声で「ごめんね」と言った。
「・・・それって何に対して?」
私が抱えてきた苦しみはたったひと言で帳消しに出来るほどのものじゃない。
両親に自分のやりたいことを認めて欲しかった。自分たちの夢や理想を押しつけられるのは辛かった。
「私たちはいつの間にか望海が継ぐのは当たり前だと思っていたの。おじいちゃんが作った店を継ぐのが当たり前だと思って大人になったお父さんと、そんなお父さんと結婚した私。私とお父さんは疑問なくお店のために頑張ったの。だからその娘が継ぐのは当然だってーーー勝手にそう思ってた。望海に継ぎたくないと言われた時、私たちは自分たちの人生を全否定されたんだと思ってしまったの・・・本当にごめんなさい」
私は言葉を返さなかった。
ううん、返せなかった。
「お父さんのこと、許してあげて欲しいの。お父さんは望海のことを理解して応援してあげられなかったってずいぶん後悔してる。あの頃はおばあちゃんがなんと言っても聞く耳も持たなかったし。苦労させてごめんね」
私も自分のことしか考えてなかった。
どうして認めてくれないのかと憤り苛立った。
蔑ろにしたつもりはなかったけれど両親の大事な店なのだ。もっとお互いの思いを伝え合うべきだった。
「わたしもごめん。お父さんとお母さんが大事にしてきたお店だったのに」
「いいの、それはもういいの。あれから何年も経ってやっと私たちも気が付いたの。私たちの勝手な思いを娘に押しつけてたってこと。だから、ごめんね。あなたはあなたの幸せを築いていいの。ーーー緒方さんっていい方ね。うちの事情を知っても嫌がることなく私たちの間に入ってくれて」
「うん。凌雅はーーー私が憂いなく過ごせるようにって動いてくれる優しい人なの。ちょっと俺様なとこもあるけどね」
凌雅を俺様だと言ったら母はちょっと首を傾げ苦笑した。
「あなたの気が強いからぶつかることもあるかもしれないけれど、気が弱くて優しいだけの人よりもちょっと俺様の方が望海にはいいんじゃないかしら」
ああそうかもと私も納得する。
「喧嘩することもあると思うけど、凌雅となら折り合い付けながらうまくやっていけると思う」
母は頷くと優しく泣き笑いの表情をした。
「でもーー、何か辛いことがあったらいつでも帰ってきていいのよ」
「お母さんっ・・・」
込み上げてきた思いに涙が溢れて鼻の奥が痛い。
泡だらけの手でお皿を落とさないように握りこむと母が涙を拭ってくれる。
私は10年に渡るモヤモヤを流すように泣いた。
そうして泣き止んでから母子二人で初めての親子酒を楽しんだのだーーーー
実家のレストランの最終日には凌雅と二人で店の手伝いをしたのもいい思い出になった。
凌雅には感謝しても足りない。
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