5 冷たい手

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 製造の手伝いって、けっこう皆渋がるんだ。なんつうの? 露骨に顔には出さないけどさ、テンションが違う感じっつうか、何かあればすぐにでも手を止めて自分の仕事に戻りたいです感がハンパないっていうかさ。  まぁ、いやだよな。夏はあっついし、冬はさみぃし、力仕事も多いし、ほぼ一日中立ちっぱなしだし。そんな仕事はデスクワークメインの人たちはしたくないだろ? そういうのがなんとなぁくこっちにも伝わってきたりするんだ。  フツーはさ。 「そしたら、入荷してきた機器類のチェックお願いしてもいい?」  コクコクとこっちが「そんなに振らんでも」って言いたくなるくらい、星乃が首を縦に振った。  華奢な星乃に力仕事は頼めなくて、今日は、製造の人間全員が苦手なこういう仕事を頼んだんだ。機器類を全てチェックして、製造IDと仕様が全部合って入ってきてるかの確認。けっこう面倒だし、半屋外の場所は埃っぽくて、やってると手が真っ黒になる。しかも社内に入れる前段階だから倉庫でもないところでさ。 「しんどかったら、俺も手伝う。ちょっと先にやっとかないといけないことがあるから」 「平気」  星乃は背筋を伸ばして、少しだけ口をキュッと結んで、バインダーに挟んだ機器類一覧表をしっかりと自分の腹んところに抱えた。 「じゃあ、頼むわ。もしも、機器類が一覧と違ってたら言って? たまにあるから」  コクンと頷く星乃を見て、俺は現場に戻ろうとした。その時、主任がひょこっと顔を出した。わりぃな、しんどいかもしれないけど宜しく頼みます、そう俺ら現場の人間に話しかける時よりもずっと優しい口調で告げて、また自分の作業へと戻っていく。繁忙期だから、こういう仕事をヘルプで来てくれた人の任せられると正直すげぇ助かるんだ。 「俺もすぐにこっちに来るから」 「大丈夫……」 「サンキュー。そしたら、何かわからなかったらすぐに声かけて。近くで作業すっからさ」 「ん」  小さく頷いた星乃に後を頼んで俺も現場へと戻った。急いでやって、急いで手伝ってやろうと思って。  めんどくさい仕事だけど、これしないと中に搬入できないことになってるから必ずやらないといけなくて。こういうのを頼めるアルバイトの人とか雇ってもすぐ辞めちゃって続かない。まぁ、ぼっち感ハンパないから分からなくもない。  事務所みたいに綺麗で空調整ってるところなんかじゃないし、製造現場みたいに皆がいるわけでもなくて、本当に一人で黙々とって感じだから。 「やべ……」  自分の作業に集中してて、気がつくと星乃に仕事を頼んでから二時間が経っていた。  大丈夫かなって、搬入口のところへいくと、星乃がしゃがみ込んで、地面スレスレまで顔を近づけて、機器の入った箱のIDを確認している最中だった。 「……」  真面目なんだろうな。  こんな寂しいとこで、一人で、でも一生懸命に頼まれ事を頑張ってる。たまに手伝いに来てくれる他の人みたいな、嫌々感もないし、隙あらば自分の仕事に戻ります感もない。 「星乃」 「!」 「わり、驚かすつもりじゃなかったんだけど」  一人だと思っていたところで急に声をかけられて、星乃が本当に飛び上がった。その拍子に手に持っていたボールペンがポーンと飛んでくらいに。 「っぷ、星乃、ほっぺたんとこ、どうした?」 「?」 「真っ黒だよ」  多分、今みたいに仕様確認するのに必死だったんだろ。頬が黒く汚れてた。「え? どこ、どこ?」って素手で擦るけど、ちっとも汚れは取れなくて、だから、俺が持ってたハンカチを渡してやった。 「まだ使ってねぇからキレイだよ」 「あの……へ、き……自分で持ってるから」 「そう? あ! わりっ!」  星乃が持っていたバインダーを持ち替えて、ポケットからハンカチを取り出そうとして、ハッと気が付いた。 「言い忘れた! それ、客先にそのまま渡す一覧表の紙なんだ」 「!」  だから、何も書き込んじゃダメだったんだけど、すっかりそれを説明し忘れてた。星乃は見落とすことのないようにって、一覧表で確認したところにマーカーを引いてしまっていた。 「ど、しよ」 「平気、俺が説明し忘れただけ。多分、営業に言えばもう一回出してもらえるだろ。俺も前にやらかした時、営業にプリント出し直してもらったから。ただ、今日、確か担当の人、外回りだからさ、後で聞いてみるよ」 「ごめ」 「いいって。そしたら、そのままマーカーでつけちゃっていいよ。その方がわかりやすいだろ?」  どうせもう一度出して貰うんだからそのまま、仕事しやすいようにチェック終わったものはマーカーで引いてっちゃえばいい。慣れてる俺らはそれしなくてもできるけど、星乃は慣れてないから大変だろうし。 「なんか、いつも……ごめん」  力仕事があんまできない星乃は申し訳なさそうに口をぎゅっと結んだ。 「いいって、マジで」  真面目なんだなぁって。 「ありがと。寒かっただろ? 俺も手伝うよ」 「……」 「ぱぱっと片付けて、休憩しようぜ」  顔真っ黒にしてさ、さっき、ハンカチを手渡した時、ちょっとだけ触れた手がすげぇ冷たかった。もう十一月になる。寒いし、指先も冷たくなる。 「星乃」 「……」 「サンキューな」  それでも文句どころか一生懸命やってくれる星乃がさ、コクンって頷いて耳まで真っ赤にする星乃がさ、なんかすげぇ、嬉しかったんだ。
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