2/3
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 私は目を見開いた。 「あんた……水の宮……?」  私のつぶやきに少年はくすりと笑って答えた。 「知っていたのか。あいつの弟に手を出して、まんまといっぱい食わされたものだ」  くっくっと音を立て、楽しげに笑う。 「なかなか面白い取引だった。なにを言い出すのかと思えば、庭の椿の葉が落ちるまで待てとは。どんな約束であれ、交わした約束は守らねばならない。おかげで木が枯れるまで待つことになってしまった。……まあいい、それも今では愉快な経験だったと言える」  どこか引っかかるものを感じて私は思わず口を開いた。 「椿の葉って……あんた、まさか」  少年はおどけた口調で言った。 「俺のせいではないぞ。椿が枯れたのはお前達人間のせいだ。ただ、おかげで葉が地に落ちて、俺の呪縛はすべて解けた。弟に寿命をゆずった彰子が冥府へ行くのは当然のことだ。俺の知ったことではない」 「水の宮!」  私が叫ぶと、少年はふととらえどころのない笑みを浮かべた。 「俺の名前を呼び捨てにするとは、やはり気の強い。気に入ったぞ、娘。名はなんと言う?」  私はぷいとそっぽを向いた。苦笑いの後、少年は打って変わった静かな声で言葉を続けた。 「俺はこの山の奥、大滝の水辺に居を構えている。会いたくばいつでも来い。──待っているぞ」  それだけ言うと、その姿は一瞬かげろうのようにゆらめき、消え失せた。  私はしばし呆然とその場に立ち尽くしていた。      *  幼い頃から、私はこの世にないものが見えてしまう人間だった。  今でこそそんな自分を制御し、どうにか普通の人間らしく生活してはいるのだが、子どもの頃は両親にさえ気味悪がられることが多かった。  そんな私を救ってくれたのが彰子伯母さんの一言だった。 『加奈子ちゃん。あんまり他の人を驚かせちゃいけないわ。これはね、私達にしか見ることができないものなのよ』  そっとささやいてくれた伯母さんの言葉は、幼心にも孤独を感じていた私にとって本当に心強いものだった。  伯母さんは色々なことを教えてくれた。人外のものが見えてしまう人はとても少ないということ。だからそのことを不用意にしゃべると嫌われてしまう可能性が多いこと。また、「見えてしまう」ものの中には危害を加えるものもあるので、あまり関わってはいけないことなど。  水の宮さまの話も、その「関わってはいけないこと」の一つだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!