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再び曇りのち、晴れ
ピンポーン――。
「は~い」
手紙から目を離し、誰が来たのかも確認せず扉を開ける。
訪れたのは、私を最もよく知る人物。
「久しぶりね~」
懐かしい笑みにふっと口角が上がる。
「久しぶり、お母さん」
少しだけしわの増えた顔で笑う、母がそこに立っていた。
「雨、降ってた?」
「ちょうどさっき止んだのよ~。せっかく傘さしてきたのにね」
明日帰るときは晴れててほしいわ~。
母の文句に笑いながら、受け取った紙袋をのぞきこむ。いくつものタッパーが保冷剤にまみれて入っていて、じんわりと胸の辺りが温かくなった。
「あれ、この手紙は?」
ふと母の声に顔をあげる。見れば、先ほどまで見ていた手紙を手に取っていた。
「あ、それは……」
「あら、あいらって」
チラッとこちらを見る母。その目は「大丈夫?」と心配するようなもので、つい苦笑する。
「数日前に届いてさ。まだ見てないんだ」
「……そっか」
母は手紙をしばらく見つめていたが、突然ペン立てに入っていたペーパーナイフを手に取り、すうっと封を開く。
「え、ちょ、お母さん」
「こういうのは勢いが大事なのよ」
そう言って取り出した手紙を、私に許可なくのぞき込んだ。
「ん~なになに~」
「ちょっと、やめてって」
あわてて奪い取れば、母はふっと目を細める。
「ほら、ゆっくりしてなさいな」
それからさっさとキッチンを片付け始める。
それを横目に、ため息を吐き、手紙に視線を移した。
並んでいる丸文字は、あの頃から変わっていない。
「一体何を考えてるんだか……」
軽く文字を目で追った。
『――あの時は、あなたの気持ちを考えない言動ばかりで本当にごめんなさい。本当は、ずっと嫉妬していたの。みなみは知らなかったかもしれないけど、かけるくんが好きだったのは、みなみだったから。かわいくてやさしいみなみが好きなのに、ずっと友達でいたかったのに、ごめんね。
許してほしいとは思わない。手紙もこれっきり、送りません。
だけど、一つだけ。
お誕生日おめでとう。あの時祝えなかった分も込めて。
これから先、良い未来が待っていますように――。佐上あいら』
あの頃からは考えられないような文面に、手に力が入る。
くしゃり、と難なくしわが寄る手紙。だが、手を緩めることはできなかった。
「本当、今更すぎる」
ぐっとくちびるを噛んだ。
「……ごめん、なんて、言わないでよ……」
このどうしようもない気持ち、ぶつける場所を失くさないで。
口に出来ず、言葉を飲み込んだ。
ふと、肩にとん、と手が触れる。見れば、母が「はい、口開けて」と言った。
「え?」と言いつつ開ければ、ポイっと口に放り込まれたのは、甘いたまごのやさしい香り。
「たまごやき、作ってきたんだけど。出来立てが良かった?」
言いつつ首を傾げる母に、ふるふる、と首を横に振った。
「全然。このままでも十分美味しい」
ほんの少し感じるしょっぱさがちょうどよくて、ふっと笑みがこぼれた。
母は安心したようにさらに目を細めると、「それじゃあ、これは置いといて」と私から手紙を取ってテーブルに置いた。
それから持ってきた紙袋をあさり、数冊の本を取り出す。
「料理、一緒にやろっか」
母なりのはげましかたに、さっきまで感じていた怒りや困惑は、ぎゅうっと押し出されていく。
「……うん」
秋になると少しばかりナイーブになる。
だが、明日からはもう、そんなこともないだろう。
そう予感しながら、私はキッチンに立つ母の背を見つめる。
誕生日前夜。
母はきっと、家にいる時みたいに家事をして、誕生日を祝ってくれるのだろう。
手紙のことなど忘れられるように。
その横の窓の外。真っ赤に染まった葉が、風に吹かれて過ぎていった。
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