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青。
蒼。
碧。
あお。
真白くそびえ立つソレを睨みつけていた数分前とは打って変わって僕はひたすらに腕を動かす。
黄色に、
赤に、
白。
みどり。
時々、黒。
上から下へ。
円を描いて。
叩きつけて、
はね上げる。
一瞬足りとも、脳内に焼き付いたソレを消さないように。
瞬きもせず、薄れる前に。
しかし忠実に再現する
重ねて、削って、混ぜ込んで。
なにかに取りつかれたように一心不乱に練り上げる。
・・・やっと1つ。
息を吐く。細く長い息だ。
じっと己の吐き出したものを見つめ、呼吸をゆっくりと深く繰り返す。
「ねぇ、それ何?」
不意にかけられた彼女の声。
いつからいたのか分からないが、そんな事は大した問題じゃない。
「知らない。」
キャンパスから目を離さず、応える。
「急に湧いてきたんだ。溢れて来たから書き留めなきゃと思って。垂れ流しにするには惜しい。」
じっくりと、キャンパスを見つめる。
彼女の言葉に答えてはいるが、僕の頭は目の前のソレでいっぱいだ。
「まるで貴方がもう一人いるみたい。」
「それはそうだろう。これは僕が吐き出したんだから。これは僕だよ。」
どうしてだろう。
正確に書き留めたはずなのに。気持ちが悪い。
歪だ。こうではない。これではダメだ。
なんだ?何が足りない?
ぐるぐると思考を回して、必死に違和感を探るが、
モヤモヤとした形のないものが溜まって行くだけで一向に捉えることが出来ない。
グッと眉間がよっていき、親指の爪が人差し指の腹を弾く。何度も。何度も。
次第に足が落ち着きを無くし、大きな舌打ちが響く。
と、同時に。視界に彼女が映る。
彼女はゆっくりとした足取りで、もう1人の僕へと近づいた。
「綺麗だね。こんなにもぐちゃぐちゃに混ざってるのに、なんでこんな綺麗なんだろう?」
穏やかに微笑みながら、彼女は撫でる仕草をした。
キャンパスから外れなかった視界が彼女へと移る。
白いワンピースを、纏って僕の大好きな瞳を溢れさせる。
「でも、ちょっと窮屈そうだね。もっと広がりたいんじゃない?」
そう言って僕を振り返る。
真っ直ぐと向けられた視線は、楽しそうに混ぜられてキャンパスのすぐ後ろの壁を指し示す。
「・・・ね?収まりきらなくて溢れ出てる。」
「・・・・・・・・・・・・。」
彼女の言葉に、視線に促されるように僕はもう一度キャンパスに向かった。
「本当に綺麗。あなたの作品はなんでも好きだけれど、コレは特に好きかも。」
僕の胸にもたれかけながら彼女はうっとりと呟く。
そんな彼女が愛おしくて僕は腕を回して抱きしめた。
「僕もだよ。今までの作品の中でこれが一番好き。」
「ふふ。お揃いだね?」
僕の言葉に嬉しそうに彼女が振り返る。
「あぁ。お揃いだ。」
僕も応えて彼女にキスを送る。
そうしてもう一度2人で出来上がった作品に目を向ける。
初めに描いたキャンパスから広がるように、壁一面に描かれた『 あお』。
複雑に混ざり合い、暴れ回り、喚き散らすソレを柔らかく包み込み、溶け込むように
『 白』が差し込む。
そう、綺麗に決まってる。
僕がどんなにぐちゃぐちゃでも、ドロドロに溢れ出しても君が
ぎゅっと縋り付くように腕に力を込めると彼女はくすくすと笑う。
「ふふ。幸せだねー。」
「・・・あぁ。」
『 白』が僕を幸せにしてくれるんだ。
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