Paragraph 0/名もなき祈り/Nameless

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Paragraph 0/名もなき祈り/Nameless

 ――夏喜が沖縄での怪異を解決している頃。ヨーロッパのある地下牢には一人の男が収容されていた。 「・・・・・・主よ、私を救い給え。私を救い給え。私を救い給え」  男が地下牢の角で壁側を向いて祈りの姿勢を維持している。ブツブツと呪詛のような祈り。その先にいる存在は何か。それは男にしかわからない。  男はローワン牧師と呼ばれていた。――もっとも、その名は偽りで、本物のローワン牧師の皮を剥いでペルソナを奪い取った偽物にすぎない。本物のローワンの遺体はテムズ川の底から引き上げられている。 「救い給え。救い給え。主よ、あなたの御言を信じた私を救い給え」 「――ンフフフフフ。実に誠に良き言葉よ祈りよ戯言よ」  聞き覚えのある声に偽ローワンが振り向く。薄暗い鉄格子の向こう側、壁に取り付けられているロウソクの灯りの影が揺れた。 「ど、ドクター……? おお、ドクター! ドクターK! 私を助けに来てくれたのか!?」 「シィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……――」  静寂を強要する、空気を裂くほどの音が地下牢に響く。偽ローワンからは見えない位置で、ペストマスクを付けたドクターKが、口元に指を付けていた。
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