カツラを被るまでは死ねない

1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

カツラを被るまでは死ねない

「これで俺も少しはモテるのだろうか?」 手に持っているカバンを見つめる男の名は毛無山吾郎(けなやまごろう)、43歳。 「風が少し寒くなってきたな」 毛無山家に生まれた宿命として髪の毛は禿げ散らかしている。その禿げ頭に風を受け秋の深まりを感じる吾郎。 カバンの中には思い切って購入した高級カツラが入っていて、そのお値段は100万円だった。 「良いカツラは高いんだよな」 吾郎は若い頃から役者をやっているが、ずっと脇役しかやっていない。中途半端な風貌で良い意味でも悪い意味でも目立たないから、ずっと脇役なのだ。 「ずっと彼女もいないし、このカツラを被っていればモテますよって言われたもんな」 カツラ専門店のスタッフに、「このクラスの高級カツラを被っていればモテますよ」と言われて購入したのだ。 カツラを被ったくらいでモテるのなら苦労は無いのだが、彼女いない歴43年の吾郎にとっては、これがラストチャンスと思ったのだ。 目の前を黒い猫が横切り、車道へと出ていった。 「あ、危ない。あっ!」 吾郎の目の前には迫りくる大きなトラック。 (カツラ、被りたかった) ドン! 何となく黒猫を助けようと車道へ出た吾郎は、脇見運転のトラックに撥ねられた。 ・・・・・ 「う、うーん。あ、あれ? ここは?」 トラックに撥ねられたはずなのに、森の中で寝ていたようだ。 周りを見渡しても木々しか見えない。 「ここは天国かな?」 太ももをつまむ吾郎。 「痛いな。死んでも痛覚は有るのだろうか?」 死んだはずなのに、手にはカバンを持っていた。 「あ、そうだ。カツラを忘れていたよ」 せっかく100万円も出して勝ったカツラを被らないと、死んでも死にきれないと思った吾郎はカバンを開けた。 「え?」 開けたカバンの中にはぎっしりとカツラ。 「……俺、こんなにカツラを買ったかな? 店員さんがサービスで入れてくれたのか?」 とりあえず、カツラをカバンの中から出してみることにした。 「1つ、2つ、3つ、4つ、5つ……」 カツラは10個出てきた。 「カツラの単位は何だろ? まあ、それは置いといて凄いサービスだな。10個も入ってたぞ」 喉が乾いていることに気づいた吾郎。 「ここが天国か夢か知らないけど、このカバンの中からペットボトルのお茶が出ないかな」 カバンの中に手を入れる吾郎。 「なんてな。そんなわけ……あれ?」 カバンの中にペットボトルが見える。そんな物は入れてなかったはずなのに。 ペットボトルを取り出すとお茶だった。 飲んでみる吾郎。 「うん。普通に美味しいお茶だな。……小暮堂の饅頭が食べたいな」 カバンの中に手を入れると、小暮堂の饅頭らしき物が現れた。 それを取り出して食べてみる吾郎。 「うん、美味い。この味は間違いなく小暮堂の饅頭だ」 しばし考える吾郎。 「ひょっとして、俺はトラックに轢かれた衝撃かなんかで異世界転移したのか? まあ、とりあえずはカツラだな」 カツラを被ろうとする吾郎。 「ん?」 カツラの内側に何か書いてある。 「イケメン用? なんだ、これ?」 他のカツラを見てみると、格闘技用、剣術用、魔法用、賢者用、料理用、性行為用、若者用、美女用、変装用と書いてあった。 「……もしかして、イケメン用を被ったらイケメンになれるのか?」 イケメン用のカツラを被って鏡をみた吾郎。 「……これ、俺なのか? あ、俺だ」 鼻をほじると、鏡の中のイケメンも鼻をほじっている。 「しかし、イケメンでも43歳くらいのイケメンだな」 イケメンだけど中年の皺とかシミとかがある。 「もしかして、この上に若者用のカツラを被れば」 イケメン用のカツラを被ったままで、その上に若者用のカツラを被った吾郎。 「おおお!! 若いイケメンになったぞ!」 鏡の中のイケメンは二十歳くらいに見える。 「……3枚重ねもいけるのか?」 イケメン用と若者用のカツラの上に格闘技用のカツラを被り、木を殴った吾郎。 バキッ! 「おお!!」 太い木が吾郎の正拳突きでボッキリと折れたのだ。 「これ、凄いな」 カツラを見る吾郎。 「性行為用のカツラ……どんなんだろ」 ゴクリと生ツバを飲み込んで期待してしまう吾郎だった。 「キャー!」 「助けて〜!」 「いや〜!」 「ん?」 少し離れた所から女性の悲鳴が聞こえた。 「これは、異世界転移あるあるの異世界美女を助けるイベントなのか?」 カバンにカツラを詰め込んで、急いで悲鳴がしているほうへ向かう吾郎。 そこでは、若い女性3人が大きな熊に襲われそうになっているのが見えた。 大きな岩に登っている女性3人。 熊はいつでも襲えるのに、グフッ グフッっと変な声を出している。まるで、女性が怖がっているのを楽しんでいるかのようだ。 「おい、そこの熊」 「ガフ?」 熊が振り返って吾郎を見た。 「グフ」 まるで「待ってろ、お前は後だ」みたいな感じで女性たちのほうを見る大きな熊。 「た、助けて!」 「む、無理よ、助けを呼んで!」 「た、倒せるなら倒してよ!」 ワーワー騒ぐ女性たち。 (まあ、あの太い木を正拳突きで折ることが出来たから、熊くらい倒せるだろ) 吾郎は役者で色んな脇役をやっていたから、空手とかの格闘技はひと通りかじっているのだ。 普通に歩いて熊に近づく吾郎。 「グアッ!」 邪魔だ! みたいに熊が吾郎を張り倒そうとした。 「遅いな。止まって見える」 吾郎は熊の攻撃を軽く避けて、熊の眉間に正拳突きをした。 ドン! 吹っ飛ぶ熊。 ズズン! 軽く宙を舞った熊は仰向けで地面に落ちた。 ピクピクしている熊。少しすると動かなくなった。 女性たちが大きな岩から降りてきた。 (女性たち、俺に抱きつくとかしてくれるのかな?) 期待した吾郎だが、女性たちは吾郎を無視して熊のほうへ行った。 「この野郎!」 「このクソ熊め!」 「漏らしただろ! このクソ!」 ゲシゲシと熊を蹴りまくる女性たち。 (うわー。女って怖いんだな)と吾郎は思った。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!