里へ入る吾郎

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里へ入る吾郎

金熊に襲われていた三つ子の三姉妹を助けた毛無山吾郎は、三姉妹たちと一緒に山を下りはじめた。 金熊の毛皮は吾郎が持っている。 匂い消しになる草をすり潰して毛皮の内側に塗っているので、それほど獣臭くはない。 「あの、勇者様のお名前を聞いても良いですか?」 (名前か。「名乗るほどの者では」って言うのもアレだし、毛無山吾郎と名乗るのも) 「吾郎」 「勇者ゴロー様ですね」 「うん」 「ゴロー様は全国を旅して武者修行しているんですか?」 「まあね」 「出身地は?」 (それなんだよな。記憶喪失キャラになるしかないよな) 「それが、あまりにも激しい修行をしたせいなのか、記憶の大部分を無くしてしまったんだ」 「ええ!?」 「ゴロー様、可哀想」 「記憶喪失なんですね」 「うん。名前とか少しくらいは覚えてるけど」 「ゴロー様、大変ですね」 「いや、大変かどうかも分からないんだけどね」 そんな話をしていると、視界が開けてきた。 「もうすぐ里に出ます」 「なるほど」 (何があるか分からないから、性行為用のカツラも被っておこうかな) 「ちょっと木の陰で用を足すから、待っててくれる?」 「あ、はい」 木の陰に行ってカバンから性行為用のカツラを出して被る吾郎。ついでに本当に小便をした。 「ん?」 小便をしながら何か違和感を感じた吾郎。 (あれ? 俺の息子はこんなにデカくなかった……性行為用のカツラを被ったからデカくなってるのか? でもな、この息子を女性に使える日は来るのだろうか) 彼女いない歴43年の吾郎はもちろん童貞で、風俗店にも行ったことはない。どうやったら女性と性行為できる状況になれるのかさっぱり分からない。 「みんな、お待たせ」 「「「いえ」」」 「あのさ」 「「「はい」」」 「3人とも無事に里へ帰れそうだから、俺はどこかに行くよ」 「駄目ですよ」 「え?」 「そうですよ」 「えっと……」 「ゴロー様は記憶喪失なんだから、里でゆっくりしてください」 「でも」 「ゆっくり休んだら記憶が戻るかもですよ」 「そうですよ」 「そうです。私との約束も」 少しクネクネするエミー。 「エミー、約束って?」とアニー。 「あ、えっと……金熊の毛皮のお礼とか」 「あ、それ忘れてた」とユミー。 「うん」 (エミーとの約束って、俺に突かれたいと言ってたこと? うーん。それは気になる) 「まあ、うん。そうだね、少しだけ休ませてもらおうかな」 「やった〜」 「ご馳走しますね。大したものはないけど」 「私、ゴロー様のお世話をします」 (お世話か。どんなお世話をしてくれるのかすっごく気になるぞ) 「お礼なんて、できる範囲でいいから無理しないでね」 「「「はい」」」 柵が見えてきた。簡単な柵に御札みたいなのが等間隔で貼られている。 (あの御札が動物除けの御札なのか? まあ、そうじゃないと、あんな簡単な柵では熊とか防げないか) 里の中へ入っていくと、プロレスラーみたいな筋肉ムキムキおっさんに声をかけられた。 「あん? お前、誰だ?」 「えっと……」 (しかし、言葉も見た目も完全に日本人だよな。ここって異世界じゃなくて東北の山奥とかなのか? でも、勇者様とか金熊とか動物除けの御札とか変だよな) 「トムーおじさん、この人は勇者様だよ」 「は? 勇者様?」 「山で金熊に襲われてたら助けてくれたの」 「金熊……その持ってる毛皮か?」 「そうよ」 「しかし、何でこんな山に勇者様が1人でいるんだ? 変じゃねえか?」 「トムーおじさん、疑うね〜」 「疑うね〜って、どこの誰かも分からん人間を里に入れたら駄目だろ」 「不審者だったら、私たちを金熊から助けてないよ」 「まあ、そうかもしれんが。兄さん、まったく勇者に見えないが、勇者の証拠は持ってるのか?」 「証拠?」 「聖剣とか勇者認定証とか」 (勇者認定証? それ、どんなの? 聖剣ってカバンから出るかな?) 「聖剣、持ってたかな?」 「持ってたかな?」 「おじさん、勇者ゴロー様はほとんど記憶を無くしてるんだよ」 「そうなのか?」 「そうらしいよ」 「そのカバンの中に何か身元が分かる物とか入ってないのか?」 吾郎が持ってるカバンを指差すおっさん。 (聖剣を出したいけど、どんなのか分からないんだよ。もう、あれだな。この世界で1番凄い聖剣をカバンに頼んでみるか) 「ちょっとカバンを見てみます」 「ああ」 「これ、持っててくれますか?」 「いいぞ」 金熊の毛皮をおっさんに渡す吾郎。本当は吾郎も43歳のおっさんなのだが。 カバンを開ける吾郎。 「聖剣、入ってます?」 「あ!」 「え?」 カバンを覗き込む三姉妹。 (ヤバい! カツラを見られた!) 「何も入ってないね」 「魔法カバンだからじゃない?」 「あっ、そうか。勇者様が持ってるカバンだもんね」 「そうそう」 (ん? あれ? カツラは見えてないの?) 「君たち、カバンの中の物は見えてないの?」 「はい」 「見えませんよ」 「魔法カバンの中身って、持ち主しか見えないし出せませんよね?」 「あ、うん」 (そうか。魔法カバンの中身は所有者にしか見えないし出せないのか。もしかして、カツラはこの世界の人には見えないようになってる?) 吾郎はカバンの中からカツラを1つ出した。 「これ、見えてない?」 「え?」 「何か持ってるんですか?」 「見えないです」 「じゃあ、これは?」 カツラはカバンに入れて、飲みかけのペットボトルのお茶を出してみた。 「あ、それは見えます」 「それ、何ですか?」 「飲み物?」 「まあ、うん」 (見えないのはカツラだけなのか?) 「兄さん、身分証明できるものは?」 「あ、そうでした」 カツラに気を取られて聖剣の事はすっかりと忘れていた吾郎。 (聖剣を出すなら、剣術用のカツラを被ったほうがいいのか?) カバンから剣術用のカツラを出して被ろうとしたが、頭にフィットしない。 (あれ? 格闘技用のカツラを被っていると剣術用のカツラは被れないのかな?) セックス用と格闘技用のカツラを外してから剣術用のカツラを被り、「この世界で1番凄い聖剣、出てこい」と、吾郎はカバンに向かってお願いしてからカバンに手を入れた。 「兄さん、カバンにお願いしても世界で1番の聖剣は、あ」 「これですかね?」 「いや、俺に聞かれても」 カバンの中から綺麗な剣が出てきた。 (これ、この世界で1番の聖剣なのか?) 「勇者様の聖剣は持ち主の勇者様しか持てないらしいから、トムーおじさん、持たせてもらったら?」 「そうだな。兄さん、良いか?」 「どうぞ」 まさか本物の聖剣じゃないだろ。と思いながら、吾郎に手を出すおっさん。 おっさんに剣を渡す吾郎。 (あ、この剣を渡したら、このおっさん俺を斬ってこないよな?) 少しだけ心配になった吾郎だが、そんな心配は杞憂だった。 「うおっ!」 ズシン! おっさんは剣を地面に落とした。剣は地面にめり込んでいる。 「あれ? どうして硬い地面にめり込むのかな?」 「……その剣が重たすぎるからでございます」 「そうですか?」 地面にめり込んでいる剣をヒョイッと持ち上げる吾郎。 「そんなに重くないですよ」 片手で軽々と剣を振る吾郎。 「やっぱり勇者様だね」 「うん。トムーおじさんは里で1番の力自慢だけど、おじさんが持てなくて地面にめり込むような剣を片手で軽く振ってるし」 「ゴロー様、素敵です〜」 「ゆ、勇者様! お許しください!」 「え?」 おっさんは土下座をしていた。
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