第一話 貴族の名誉

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第一話 貴族の名誉

 貴族にとって最大の名誉。  それは自分の領地を与えられること。すなわち領主になることだ。  しかし僕――レグルス・マルティアスは、貴族といっても家柄は低く、与えられた爵位は一番下の男爵でしかなかった。治めるべき領地だって自分の住む家と庭くらいだ。これまで自分が住んできた家のことは大好きだけど……家と庭を指さしてこれが僕の領地だと言うことなんてできない。当然、自分に仕えてくれる臣下や領民などいるわけがなく、マルティアス家ではメイドや執事といった奉公人を雇う余裕さえなかった。 そんな最下級の貴族が生きていくには学校に通って一生懸命勉強し、厳しい試験を合格して武官か文官に任命されるしかない。  でも、それは貴族じゃなくて、平民でもできる生き方だ。  貴族なんて言うが、その実態は平民となんにも変わらない。  僕はそんな名ばかりの貴族だった。 ついこの間までは――  人生最大の転機が訪れたのは一週間ほど前のこと。  突然、僕の家に数人の役人が訪れた。  彼らの話によると、今から数年前にグラン王国の北部にあるエスカルデという土地を治めていた領主が亡くなった。彼には身寄りがなく、領地を治め、領民の生活と王国の安全を守る領主がいない状態が続いていた。  領主がいない状態を長く続けるわけにはいかず、王国はエスカルデの領主の血縁関係を洗いざらいに調査した。貴族の血縁関係は複雑でそれを調べるのは極めて困難なことだったが、ついに彼らは初代エスカルデ領主の子孫を発見した。  それが僕だ。  僕には貴族としてエスカルデを治める領主になる義務と権利があった。  エスカルデは王国の首都からは離れた所にあってそれまで名前さえ聞いたことのない土地だった。それでも領地を治める貴族になれば、伯爵や侯爵といった中級~上級貴族の仲間に入ったといってもいいのではないだろうか。  もうマルティアス家はただの貧乏貴族ではない。  僕が領主になれば「名ばかりの貴族」だとか「平民として生まれた方がまし」だなんて馬鹿にされることもない。  本物の貴族として、誇り高く生きていけるのだ。 ただ、唯一気がかりなのは爵位のことだった。 (どうしてなんだろ。爵位は変わらず男爵のままなんだよね……)  それなりの広さを持つ土地を治めるのに男爵のままというのは何か変だなと思った。でも、そういうこともあるんじゃないだろうか。恐らくは王都の方でまだ手続きが終わっていないとかそういうことなんだろう。そのうち改めて新しい爵位を授かるはずだ。 (まずは伯爵かな。まさかとは思うけどいきなり侯爵だったりして……)  これまで僕は本物の貴族として生きていくことをずっと夢見てきた。  だから気付くことができなかった。  爵位の問題どころじゃない。  この話の何もかもがおかしなことだらけだったことに、僕は気付くことができなかったんだ――
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