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おれは前方へ目を凝らした。濁流のしぶきの間に、浮き沈みしながら接近してくる段ボールがあった。大雨のあとには必ずと言っていいほど、瓦礫や折れた枝葉が漂流している。おれの本来の仕事はそういった漂流物の除去であり、落水した人間や動物の救助だった。河川流域の不法投棄監視もそうだし、合間には警察のお手伝いもして、時にはボートに観光客を乗せては楽しませた。
それがどこでどう間違ったのか、アンボイナ貝やサイコ集団と闘う羽目になってしまった。
おれは漂流物をやり過ごすために速度を落とした。小さくても衝突すれば不測の事態が起きかねないからだ。回収するつもりはなかった。すれ違いざまに段ボール箱の中を覗いて、ぎょっとした。
箱の中で子猫たちががひとかたまりになっていた。
おりしも子猫たちと目が合ってしまった。怯えた目だと思った。決して川下りの冒険を楽しんでる目じゃない。
段ボール箱はあっという間にボートの横を通過していった。
放置すれば、段ボール箱は沈んでしまうだろう。沈まなくてもこのままでは子猫たちは死ぬ。おれには、必死に生きようとしている子猫たちを無視できなかった。
おれはUターンした。
トランサムリフトを起動させ、すくい網状になったバケットを下ろした。クレーンの要領で段ボール箱を掬い上げ、甲板に下ろした。三匹の子猫は不安そうにミャーミャー鳴いている。トラが一匹、真っ黒なのが一匹、あとは三毛だった。震えていた。おれは収納ボックスから非常用の毛布を出して、くるんでやった。「もう大丈夫だ。メシはないけど我慢してくれ」
おれは再びボートを前進させた。
やがて東港のコンテナターミナルのガントリークレーンや発電所の紅白煙突が見えてきた。
東港は新潟市北部と聖篭町にまたがる広大な掘り込み港である。港内には石油の備蓄基地、多岐に渡る業種の工場、コンテナターミナル、発電所が並んでいる。
石塚が指定した物流センターは海岸沿いの寂れた場所にあった。錆びたコンテナが野ざらしになり、埠頭の船着場には一隻の船も見当たらなかった。それでも小型船舶用の舫杭だけはずらりと並んでいた。
おれはそのうちの一つにボートを係留した。
だだっ広い敷地にはトラックもトレーラーも止まっていなかった。使われなくなった物流センターは廃墟のようだった。灰色の外壁は今にも崩れ落ちそうだ。入荷バース6番ゲートはすぐに見つかった。
十六時十五分。
おれは走った。
ゲートのシャッターは下りていたが、脇にある従業員用の通用扉が半開きになっていた。おれはドアを引いて中に入った。
中は夕闇のように暗かった。天井の明かりとりから薄い光が差し込んでいるだけである。
黴と埃のにおいがした。
内部はテニスコート三十面くらいの広さがあった。天井もアリーナのように高い。天井には鉄骨の梁が組まれている。
かつては仕分け用のフォークリフトが走り、仕分け用のベルトコンベヤーが回っていたのだろうが、今は巨大な伽藍洞だった。この建物のどこかに、梨乃と桃香が監禁されているはずだった。
静けさを破るかのように、どこからかともなくラップが聞こえてきた。
音の方角をみやると、防火扉が開いて、ハングレのファッション見本市みたいな連中が登場するところだった。
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