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桃香が巨漢の体重を押しのけるように華奢な体をよじらせた。
日本刀の男が桃香を殺すには巨漢をどかすしか術がないが、そうすればおれの反撃を受けることになって、三秒の間にどちらが得策か考えなればならないはずだった。
三秒間におれは羽交い絞めしている奴の足の甲を右足で踏みつけながら、左足の踵でそいつの膝の皿を蹴った。おれは重心を低くして、そいつを肩に乗せたま背負い投げしてやった。そいつは床に叩きつけられた。おれは鉄パイプを掬いあげ、日本刀の男と対峙した。
三秒経過していた。
日本刀の男はヤケクソじみた声を張り上げ、日本刀を振り下ろした。
激しい金属音が交錯した。青い火花が散った。
背後で金属バットを素振りする音がした。おれの対峙する相手は日本刀だけじゃなかった。同時二人相手だ。
きえええええ!
日本刀が寄生を上げて切りかかってきた。そいつには刀剣の心得など皆無だった。凶器を振り回し、弱者を痛めつけることだけを生きがいにしてきたサイコなのだ。
おれは容赦しなかった。おれはそいつの首めがけて鉄パイプを突き出した。
奴には刀剣の心得がないから自分しか見えない。スキだらけだった。鉄パイプの突きは、サイコを壁際のスチールデスクまで吹っ飛ばした。デスクに置いてあった工具箱が衝撃で床に落ち、中身が散乱した。日本刀はあらぬ方向へ滑っていった。
般若のタトゥをスキンヘッドに施した男が、金属バットを振り回していた。
おれはバットのスイングを辛うじて避けながら後退した。
「そりゃ、そりゃ、そりゃ!」
金属バット=ボールを打つ道具=人間も打ちのめせる道具=金属バット。実におろかな三段論法の盲信者は、気合とともに間合いを詰めてきた。
おれは鉄パイプの両端を持ち、バットの面割り攻撃をブロックした。彼はバックステップを踏み、今度は横からスイングしてきた。これも鉄パイプでブロックする。性懲りもなく今度も面割りを仕掛けてきた。おれはブロックしながら、押し返した。筋力はおれの方が遥かに上回っていた。彼は後ろざまに押され、さらにおれが力を込めると、尻餅をついた。おれは金属バットをもぎ取った。グリップではなく、真ん中を持つ。グリップはフェイントとナイフ戦に、ボールを打つ箇所は敵の急所を殴打するときに使う。力学の応用だ。
おれは右手にバット、左手に鉄パイプを携えることになった。
残りの馬鹿どもは、サバイバルナイフをかざし、木刀を構えておれを威嚇した。だが、掛け声だけが勇ましくて、いっこうに襲ってこない。
拍手が聞こえた。
石塚が笑っている。
「やんや、お見事、お見事。もうそれくらいで、勘弁してやってくれ。こいつらは、お前と違ってプロじゃないからな」
「そうだな。百年早い」
「だが、それまでだ、いい気になるなよ。俺の本物の部下はこんな甘ちゃんじゃないぞ」
「そうか」
おれが頷くと同時に部屋のドアが開いて、全身黒づくめの男たちが入ってきた。人数は五人。ベレー帽まで黒だ。黒いマスク、黒いサングラスを身に着けている。腰には黒い握りの大型のナイフを吊っていた。スケボーファッションのハングレたちとは、明らかにレベルが違った。高度の訓練を積んでいることぐらいは、オーラですぐにわかった。特殊部隊のにおいがする。
そのうちの二名が澱みの無い動きで梨乃と桃香の横に立ち、ナイフを首筋に当てた。石塚が命令を下せば、梨乃たちは命を落とす。
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