99人が本棚に入れています
本棚に追加
4
数秒後、入れ違いに現れたのは吾一だった。
ベレッタを構え、一喝した。「じっとしてろ!」銃身を天井に向けて威嚇射撃する。連射だ。
残留していた黒づくめの男たちと石塚が一瞬固まる。
おれは行動した。梨乃を刺した男に飛びかかった。男はナイフを離さずに振り回した。ナイフの尖端がおれの服を裂き、右腕を深く切った。血の玉が吹きだすが痛みは感じない。
おれの真横で銃声が轟いた。幼い子供を刺そうとしていた男を、吾一が撃ったのだ。男は腹を押さえて転がった。
石塚が死の入っているノートを拾いあげ、抱えて外へ飛び出した。
おれはナイフを交わしながら工具箱まで近づいた。すばやく大型のドライバーをつかんだ。黒づくめの男は執拗にナイフ攻撃を仕掛けてきた。おれはドライバーを構え、姿勢を低くし、上目遣いに奴の動きを追う。ナイフが振り下ろされる。おれは差し違えることを覚悟して、真下からドライバーを突き上げた。
ナイフがおれの左肩の肉を削いだ。血が飛び散る。
だがドライバーの先端は男の顎の下から口腔へ貫通していた。男は悲鳴をあげることもできずに、ドライバーを引き抜こうとした。ナイフが滑り落ちた。
おれは斧男のポケットから拳銃と弾丸を返してもらった。薬室に装填し、安全装置を外す。
おれは石塚を追って部屋の外へ出た。石塚が手錠の鍵を持っているからだ。
迷彩服の真野翠と石塚が鉢合わせしていた。
真野翠は、おれが鳥屋野潟駐屯地の病理施設から出る際に、レセプションカウンターにいた女性自衛官だった。彼女は違法ポルノ製造の被害者の一人で、おれと渡部巡査部長が現場に踏み込んで救出した経緯がある。彼女の姉は真野雪乃。こんな場所で妹と再会するとは夢にも思わなかった。
「石塚三尉、あなたはもうおしまいです。投降してください!」
「何を言うか。二等陸士の分際でこの私に命令する気かね。それより、なぜお前がここにいるのか」
石塚も驚いている様子だった。
「姉からすべてを聞いたのです。何も知らない親と子供を誘拐するなんて卑劣です。恥を知りなさい!」真野翠は自動式拳銃を突きつけた。「あなたを逮捕します」
「笑止千万。実戦経験もないお前に何ができる?」
石塚は敏捷だった。あっという間に真野翠の拳銃は石塚の手に移っていた。
「馬鹿が」
石塚が引き金を引く瞬間、おれも発砲した。
青白い閃光が破裂し、おれの放った三発が石塚に命中した。石塚は一発も撃てずに座りこんだ。落下した拳銃を真野翠はすばやく拾い上げ、悲しそうな笑顔をおれに向けた。「また、助けられちゃった。わたしって、だめですね」
「そんなことはない。礼を言うのは俺の方だ。あとをたのむ。梨乃たちが奥にいるから・・・」
おれは石塚の服を探り、手錠の鍵を奪った。石塚はくたばってはいない。おれがわざと急所を外したからだ。法廷に立ってもらいたいのか、それともおれの情なのか自分でもよくわからなかった。あるいはおれの中に潜む残忍な悪魔のような魂が、そうさせたのかもしれない。
石塚は被弾してもノートに固執していた。「これだけは、渡さんぞ」袋綴じを愛おしそうに撫ぜている。
おれは言った。「鍵はもらった。袋綴じの中身を確かめなくていいのか。空っぽかもしれないぜ。じゃあな」
石塚は弱々しく頷くと、死が入っている袋綴じに指をかけた。
最初のコメントを投稿しよう!