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5
「もう少しの辛抱だから」おれは桃香を抱きかかえた。「怖かったろ? 悪い人たち、みんなやっつけたからね。さ、おうちに帰ろ」
「おじちゃん、おじちゃん。怖かったよー、うえーん」
桃香はおれの腕の中で泣きじゃくった。大粒の涙がぽろぽろこぼれる。
真野翠が梨乃の止血処置を終え、肩を貸して、並んで歩きだしているところだった。吾一はベレッタをしっかり両手で握り、突き出し、警戒しながら前進している。
「詳しいいきさつはあとで話すから・・・」
おれは梨乃に桃香が無事なことを確認させながら言った。
一刻も早くこの忌まわしい場所から離れることが最優先なのだ。
物流センターの建物の外は、異世界のように静かだった。屋内の修羅場が嘘のようだった。磯の匂いを含んだ海風が頬を撫ぜていく。遠くに工場の煙突が聳え、石油備蓄用のタンクが並んでいる。
我々を妨害する者たちはいなかった。
みんなどこへ消えたのだ?
どこかに隠れて、反撃のチャンスを窺っていると考える方が自然だった。
がらんとした駐車場のすみに軽ワゴン車が止まっていた。真野翠があれに乗って来たのだと説明した。
吾一が救急車を要請している最中に銃声が響き渡った。
コンクリート路面に火花が散った。
「乗って!」
真野翠が軽ワゴン車のスライドドアを開けた。
また銃声。軽ワゴンの助手席側のガラスが割れた。
おれはシグ・ザウエルを抜いた。建物の陰に黒づくめの男たちがいて、銃撃している。おれは桃香を軽ワゴンの後部シートの下に押し込むと、男たちに向けて狙いをつけ、残弾の五発を撃ち込んだ。遊底が開き止まると同時に空になった弾倉を抜き、予備弾倉を銃把に叩き込む。すかさず、引き金を引いた。命中の手ごたえがあったが、確認してるヒマはない。
おれが乗り込むと同時に、軽ワゴンはタイヤを鳴らしながら猛然とスタートした。ハンドルを握っているのは真野翠だった。
前方に車体を低く改造した車集団が登場した。
暴走族のような排気音が伝わってくる。
一台、二台、三台、四台、五台、六台だ。
独特の甲高いクラクションを鳴らし、横に広がって突進してきた。
軽ワゴン車の進路を塞ぐつもりなのだ。
「よし、ボートで逃げよう! Uターンだ、Uターンしろ!」
「了解!」
軽ワゴンは急停止しながら方向転換した。車体がひっくり返りそうなぐらいに傾いた。ギアが乱暴に入る音がして、急加速した。身体がシートに押さえつけられるほどの加速だ。
「そこを左へ!」
目の前に埠頭の海が迫ってくる。海に落ちる寸前で急カーブを曲がった。
エアボートのプロペラが見えた。
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