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「水上警察ですう。すんません、ちょっとお話、いいですか」
巡査部長はバッジをかざした。
青年の表情が一瞬かたくなり、それから口元をほころばせた。
「ご苦労様です。何でしょうか」
「ご存じかもしれませんが、ここいらのザリガニの生け簀から、ザリガニが盗まれる事件があったのですよ。聞いたことあります?」
「いいえ、聞いたことないなあ」
「不審なボートとか怪しい漁をしている人を見かけなかったどうか、訊ねて回っているんですよ」
「ザリガニねえ」応対に出た青年は首を傾げた。ザリガニの姿をおでこの中でイメージしているようだ。「田んぼとか水の汚いところに棲んでる、あのザリガニですか」
「さよう。皆さん、ザリガニって聞くとイヤな顔されますけど、なかなか旨いですよ。安田地区の方にザリガニ料理の専門店がありましてね、そこで使うザリガニが盗難にあったのです・・・」
安田地区は河口から50キロほど上流にある山間部の風光明媚な温泉地である。
渡部巡査部長は盗難話をでっちあげながら、後ろで組んだ手をひらひらせていた。今のうちに様子を探って来いという合図だ。
おれは渡部のそばから離れた。
ボートの右舷甲板を歩き、たたみ一枚分くらいの、ブラインドで閉じられた船窓へ視線を走らせた。
ブラインドの隙間からこちらの様子を窺っている視線を感じた。おれは気づかないフリをして、ブラインドの端が少しだけ持ち上がった隙間を横目で観察した。
隙間からレフ板とアンブレラ、それにストロボがちらりと見えた。撮影クルーでも乗っているのだろうか。
そのとたん、捲れあがっていたブラインドが閉じた。
おれはボートの先端へ回った。前面からは内部がよく見えた。操縦席のすぐ後ろに透明な仕切りがあり、そのむこうがキャビンになっていた。ホテルの部屋のような贅沢な調度品が揃ったキャビンだ。
派手なアロハシャツを着た、がっしりした体つきの男が撮影機材のアンブレラを操作している。
裸の胸を両手で隠しているあどけない顔の女の子が長ソファに座っていた。
腹の突き出たオールバックの中年オヤジがにやにやしながら、少女の髪の毛を撫ぜ始めた。少女が泣きそうな顔になった。女の子をはさむようにして、色の生白いひどく痩せたチャラ男が座った。そいつは全裸だった。
テーブルにはノートパソコンとスマートホンが家電量販店の陳列ケース顔負けに並んでいた。
ボートの突端からノゾキをしているおれに、連中は気づいたようだ。女の子以外の男どもが非難する目つきでおれを眺める。
「どうも、どうも」
おれは軽く会釈しながらコクピットの窓におでこを押しつけた。女の子がハッとしたように意思表示をした。「たすけて!」
おれは右肩に取り付けている小型無線機のスイッチを押した。
「キャビンに要救助者発見」
「おれのカンは当たったろ。踏み込むぞ」
「バックアップします」
おれは左舷甲板を回って、キャビンの入り口へ戻った。
巡査部長は青年と押し問答を始めていた。
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