一八〇〇《ヒトハチマルマル》

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4  JR新潟駅から北へ二キロほどいくと古町アーケード街に着く。アーケード街の路地裏には、飲み屋やスナック、飯屋等がひしめく界隈がある。  薄暮というにはまだ明るすぎるが、あちこちで店頭の行燈が灯り始めていた。  十八時(ヒトハチマルマル)まであと七分。  おれと吾一はでかい赤提灯がぶら下がった暖簾をくぐった。<狸>という屋号の、こじんまりした居酒屋だ。徳利を背負った狸人形が目印になっている。   仕事帰りに寄るにはいい塩梅の店だった。  早い時間にもかかわらず、店内はほぼ満席だった。観光客の団体さんがどうのこうのと、ざわついているのが奥から聞こえた。  入口脇のテーブル席に座わると、吾一が早々に品書きを手に取った。 「ここの海鮮料理は安くて旨いですからね。ネットで評判なんですよ。刺身食っていいすか?」 「いいよ。明日のためにスタミナつけておけ。好きなモノ頼んでいいよ」 「うひゃうひゃ、マジすか」  吾一が品書きで悩んでいるあいだに、おれは生ビールジョッキを二つオーダーした。スマホを手にする。  十八時(ヒトハチマルマル)、ジャスト。  着信ランプが点灯した。渡部からだ。 「はい、菊崎です」  おれは現況をざっと報告したあと、渡部の進捗状況をたずねた。 「アカちゃんの件な・・・てっきり笹蛭のカルト集団に捉まって殺されてたと思っていたんだが、直接手をくだしたのは、どうも違う連中のようだ」 「じゃ、誰です?」 「アカちゃんには、新宿歌舞伎町のフリー雀荘の常連だった時期があってね。情報屋としてのノウハウはそこで培ってきた。フリー雀荘の従業員(メンバー)や客とは、今でも親交があるらしい。俺はそこへ行って、調べたいことがある」 「フリー雀荘って?」  おれは訊き返した。 「客同士で金銭を賭けさせる麻雀屋だよ。レートは千点五十円から二百円ぐらい。客がいない時は店の従業員(メンバー)が代打ちする。金額では数千円から数万円の場が立つ。千点一万円のレートにして、ご祝儀役がつくと、もっと大きなカネが百万単位で動くこともある」 「警官だとわかったらまずくないですか」 「新宿は管轄外だし、捜査協力を県警をとおして本庁にお願いすれば、俺が事件に足を突っ込んでいることがバレてしまう。そいつは避けたい」 「じゃあ、フツーの客として潜入? 渡部さん、麻雀の経験は?」 「多少はな。それとアカちゃんが出入りしてたのは雀荘だけじゃない。裏カジノ喫茶もな。これは新宿二丁目。大昔の赤線地帯といっても、わからんだろうが」 「だんだん、闇が深くなりそうですね」 「そうだな。俺はこれから新宿に行く。そっちも気をつけろ。助手をつけたみたいだが、油断するなよ。そうだ、肝心なことをひとつ。興味を引くぞ」  渡部はトーンを落とした。 「なんです?」  おれも声を低くした。 「フリー雀荘の店の名が、ラオユエ。ラオユエ祭りのラオユエだ。それだけじゃない、そこの雀荘のオーナーが笹蛭村の出身だそうだ」 「え?」  これにはさすがに驚いた。おれが息を呑んでいると、渡部が先を続けていた。「それともうひとつ。アカちゃんがパクってきた例のスマホな、得体の知れない連中が血ナマコになって探してるみたいだ。本署のロッカーに隠そうと思ったが、信用できんので俺が持っていく」
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