かくあるべし

3．

　バーでもご馳走になってしまい、謝ると

「楽しかったから。」

と微笑まれる。

「仕事助けてもらって、ご馳走にばかりなって、頭が上がりません。」
「じゃ、今の案件終わったら、また行こうよ。その時奢って。」
「もちろんです。」

東堂さんがニッコリ笑って頷いてくれる。

「タクシー拾うから、待ってて。」

そう言って、車道に近づく東堂さんの後姿を見ながら、私は最後の勇気を振り絞る。

「東堂さん。」
「んー？」

目でタクシーを探しながら、東堂さんが返事をする。

「あの・・・今日、楽しかったです。ありがとうございました。」
「うん。俺も楽しかったよ。」

　何ターン目かの会話になってしまい焦る。言いたいことは、それじゃない。もっと核心に触れなくては。

「あの、また行けるのも嬉しいです。仕事大変だけど、それを楽しみに頑張れそうです。」
「うん。俺も楽しみにしてる。」

　セリフは変えたけど、内容はほぼ同じで、焦りが増していく。

「ああああの、東堂さんっ！」
「あ、タクシー来たよ。」

笑顔で振り向かれ、グッと言葉を飲み込む。

「気を付けて帰ってね。」

開いたタクシーのドアを押さえながら、東堂さんが微笑む。

「ありがとうございます。」

ぎこちなく頭を下げて、タクシーに近寄る。名残惜しくて、乗り込む直前に、もう一度東堂さんを見上げると、東堂さんもこちらを見ていて心臓にドキリと痛みに似た衝撃が走る。東堂さんが苦笑して、私の頭を撫でる。

「早く、帰りなさい。」

優しく、でも静かに言われて、私の小さな勇気は粉々に砕け散り、黙ってタクシーに乗り込んだ。