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夢の君
夢であるという自覚があり、自分の意思で体を動かせる夢ー明晰夢と言ったか。兼ねてから経験してみたいと思っていたが、どうやら今日がその初体験の日であったらしい。
つまり私は、夢を見ていた。どうして夢だと分かるのか。それは、目の前に先程メッセージをくれた知人がいるからだ。しかも、学生時代の姿のままだ。
あり得ない。あれから随分時が経った。彼女も青春時代の姿のままではいられないはずだ。だからこれは、夢だ。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
あの頃と変わらぬ若々しい声音が耳朶に優しく届く。そう、私は彼女の声が格別に好きだった。ずっと喋っているのを聞いていたいと、少々気味の悪い願望を抱いていた。
「大丈夫、大丈夫。君の頼みなら地の果てでも行っちゃう!」
こういう安請け合いは良くないと再三に渡って友人や同僚達から注意を受けていたのだが、もう習性のようなものだ。諦めて色々背負いこむしか無い。
私の威勢の良い返事に、彼女は困ったように微笑んだ。学生時代もこんな笑みをよく浮かべさせてしまっていた。主に私のせいだが。
「家まで来てくれてありがとう。でも、移動しなきゃいけないの」
「どこまで?」
「私もよく分からなくって…。でも、道は分かるの」
そう言って、彼女は私の手を取った。彼女が私の片手を繋いだまま立ち上がると、そのまま部屋を出て行く。その段になって漸く、私はここが学生時代に何度か訪れた彼女の部屋であると気がついた。
本棚に並べられている雑誌も、本も、勉強机に乗っている教科書もあの頃のものだ。ここは私の夢中なので当たり前なのだが、その事が何となく嬉しかった。会えなかった時間が存在しなかったのような気がして。
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