色無き風

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「山菜摘みにいくのかね、マツリ、祝言はもう明日だね。おめでとさん」  畑のなかからそんな村人の声が飛んできて、通草(あけび)の蔓で編んだ籠を手にした少女は、路傍に足を止め、あいまいに微笑んだ。 「そうなんす、ありがとうごぜいやす」 「明後日の朝が来りゃ、おめえも、いっちょ前に女か」 「立派な嫁さんになるべぇな、いや、めでたいことだべ」  何人かの村人が、鍬の手を止めて、わはは、とはやし立てた。その言に、マツリは顔を赤らめることもなく、ぺこりと一礼すると、粗末な着物姿で里山へ続く道へと歩を進める。  今年の盆に、マツリの祝言は、急に決まった。    相手は同じ村の名主の息子だという。寒村の名主とは言え、マツリのような貧乏百姓の娘にはこの上ないと誰もが褒め称える嫁ぎ先だ。  マツリは相手の男のことは良くは知らぬ。幼い頃、米を納めに行く父に付いて、名主の家に足を運んだ際に、ちらりとその姿を見ることがある位だ。歳はマツリより6歳ほど上だとか、好色ではあるがマツリのような年若い女は好みだから大事にされるだろうとか、そういった噂話をちらほらと聞かされてはいる。そして祝言の時期は、稲作も一段落する神無月の末と決められた。
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