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きっと、篠崎さんも史郎や諏訪さん、龍崎さんと同じように、この16年間を苦しんできたに違いない。
近しいからこそ、大切に思うからこそ、お互いがお互いを思いやり過ぎて、それぞれが不安や恐怖、後悔の念を抱え込んできたのだと思う。
目の前でパタパタと大粒の涙を流す篠崎さんがいじらしくて、愛おしくて、僕はそっと篠崎さんを抱き寄せた。
「涙を流すことは『手放す』ことになるらしいから、嫌じゃなければ・・・・」
このまま僕は胸を貸すくらいしかできないけれど、君のその不安や恐怖は僕が半分もらい受けるから。
腕に触れた長い黒髪はとても冷たくて、僕は篠崎さんの全身を包みこむ様に彼女の背中に腕を回した。
「篠崎さんが好きだ」
無意識に口をついて出た言葉に篠崎さんの身体がピクリっと反応した。
「自覚したのは異動前の調査面談の時で」
僕は史郎から言われたから、今夜ここへ来たのではないことを伝えたかった。
「講習会会場で出逢った時から惹かれていた」
吉祥家の言葉を借りるなら『見つけた』のだと思う。
「鏑木さんと・・・・その・・・・君が付き合っているのだと思って」
諦めようとした。今までと同じように、変わらず僕の中心は技術研究で、思考優位に感情を極力揺さぶられない日常に全身全霊を懸ければいいと思った。
「一月前の夜、僕は篠崎さんを『誰にも渡したくない』と思ったんだ」
僕の言葉に篠崎さんが顔を上げた。一月前の満月の夜と同じ光景。涙と鼻水の混ざった顔を拭いもせずに僕を見つめる君が愛おしくて溜まらない。
「好きだ。何にも代えがたいほど、篠崎さんを想っている。一月前のやり直しをさせてくれないかな?」
青白い満月の光が篠崎さんの瞳と長い黒髪を浮き立たせている様で、僕はまた「綺麗だ」と無意識に言葉にしていた。
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